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港のひと 009 抄

 

「文字と声」

上野勇治

 私が本づくりに携わり始めたころ、すでに写植が主流であったとはいえ、書店には活版印刷の本が並んでいた。現在、書籍の印刷に対応してくれる活版所は全国でももう数えるほどしか残っていない。それほど、この三十年余りの変化は大きかった。高齢の職人たちの技術を継ぐ者もおらず、最後の灯の消えるのが一日でも先延ばしされるよう祈るしかないのが、現在の状況だ。しかし、DTPによるコスト減の恩恵を受けている身でもある出版社としては、かつて文化を支えた印刷技術の消滅を嘆き、保存を声高に叫ぶ資格もない。

 本のページは、印刷された文字と余白とで構成されるが、この構成はテキストそのものから自ずと立ち上がってくるように思う。私の場合は、試行錯誤を繰り返さないと、立ち上がってきたものを捉まえられない。しかし、自分で正解だと思える形で原稿が活字となって組まれる瞬間は、私にとっては、編集のもっとも重要な一局面となっている。テキストの声をたしかに聞く。

 港の人では、年に一、二点、活版印刷による本を刊行している。ものをつくるときに共通して言えることかもしれないが、本づくりは、本筋を捉まえることと細部に心を配ること、双方のバランスによって成り立つ。活版でもオフセットでも大まかな流れは変わらないが、工程の違いは必然的に本をつくるときの意識に影響する。活版印刷による本づくりの経験を自分の身体に留め、一冊ごとの蓄積を心に刻んでいく。失われゆくものとして活版印刷を哀れむよりも、やるべきことが自分にあるように思う。