私映画 小津安二郎の昭和

黒田博 著

昭和初期の大不況を描くモダニスト映画監督小津安二郎。やがて「新しき家長」として戦場に向かった彼は、敗戦を境に家長の座を降り、自ら体験した時代の記憶を俳句のような映画に刻み込んだ。軽みと乾いた抒情をたたえたホームドラマに刻印された、大正モダニズム、愛と性、解体する家族、戦争の記憶……。寺田寅彦、谷崎潤一郎、志賀直哉、六代目菊五郎、山中貞雄らの影響や交流を検証しながら、小津が映画に描き続けたものを通して昭和という時代のポートレイトを浮き彫りにする渾身の評論。

彼の映画はわかろうとする者にはわかる複雑な人の心の深淵を覗くような私映画だった。(本書より)

■目次

1戦争まで
昭和初期

二つのもの/よからぬ年/トーキー/寺田寅彦/六代目/谷崎潤一郎/志賀直哉/民藝運動/小津の「をんな」/深川

『出来ごころ』――俺はいゝ氣持でいくんだぜ

青年・小津安二郎

映画『出来ごころ』

手拭いと/不況/恋の作法/恋と友情/父と子/お金と食/お金と肉体/「いゝ氣持」/水路の男

職工と兵士

作品と商品/喜八と次郎/喜八と坂本/次郎と安二郎/兵士と革命/普通の人/一つだけの世界

大陸への道

劇しい生き方/『土』の時代/『怒りの葡萄』/戦争と映画/新しき家長

 

2焼け跡にて
周吉と紀子
『晩春』――過ぎにし方の恋しきに

古都/ヤキモチ焼き/縁談/『杜若』/「なんとなし」/むかしの春/虎の子渡し/帰る波/批評/変節と反骨/家長の死/昔男とハリウッド/「紀子」誕生/『杜若』の女/泥中の蓮

『麦秋』――悪に強きは善にもと

恩師の死/虚構と現実/幸福と家族/主題と変奏/主題・食/主題・空と波/主題・歌舞伎と麦/まほろば

『東京物語』――昔の人 今やいずこ

主権回復/予兆/戦後空間/多忙な日々/紀子と志げ/奥座敷/異邦人/聖なる時/帰還/ハハキトク/聖地/海の光/忘却/二つの時代/時の交響曲

夢のように……

3繁栄の片隅で
『彼岸花』――青葉茂れる桜井の

もはや戦後ではない

第二の戦後/『浮雲』と『東京暮色』/初のカラー映画

映画『彼岸花』

前奏曲/筍と竹/京の女たち/昔と今/若者/噓と断絶/喜劇/「みんな噓」/『道成寺』/建前と本音/『桜井の訣別』/彼岸へ

彼岸花と桜

終わりが始まり/シンガポールの教訓/「音楽的要素」/『赤い鳥』/「サセレシア」/「色彩効果」/赤の記憶①/桜の記憶/づくし/宿と女/バラのつぼみ

『小早川家の秋』――水の流れと人の身は

品性と品行

約束/死の影/小早川家/『はぐれ念佛』

映画『小早川家の秋』

前奏曲/かくれんぼ①/かくれんぼ②/かくれんぼ③/間奏曲/かくれんぼ④/二人の男/ゲームの終わり/終曲

水と煙

批評/万兵衛の来歴/かくれんぼ/京都/二つの死

『秋刀魚の味』――入りつる方も白波の

バラの絵

映画『秋刀魚の味』

前奏曲/『石橋』/老いの風景/赤い酒場の女/モノの時代/老師の教え/娘の結婚/終曲

秋刀魚と鱧

批評/時の旅人/赤の記憶②/白の記憶/黄の記憶/『秋刀魚の歌』/小津と谷崎/鱧と秋刀魚/厨房の赤い星

旅路の果て

「新しき家長」の生と死/崩壊と再生

あとがき
参考文献

■著者

黒田博(くろだ・ひろし)
1948年静岡県生まれ。同志社大学経済学部卒。株式会社ポイント(現アダストリア)代表取締役社長を務める。神奈川県鎌倉市在住。小津安二郎研究第一人者の田中眞澄氏の薫陶を受けて、研究を深める。著書に『紀子 小津安二郎の戦後』(文藝春秋)。

  • A5判/上製本/カバー装/本文688頁
  • 3600円(本体価格・税別)
  • 2021年12月刊
  • ISBN978-4-89629-403-3