詩人・田村隆一の第2詩集『言葉のない世界』は、全10篇、48ページの薄い詩集だが、1962年刊行以後、名詩集との評価を不動のものとしてきた。
本書は、この昭森社版のオリジナルを約60年ぶりに新装復刊。硬質な激しい言葉で詩の在り処と生の意味を問いかけるこの詩篇たちは、今の私たちの心をあつく揺さぶり、勇気と詩を読む喜びとを与えてくれる。
栞にミュージシャン曽我部恵一による「ぼくらには詩が必要だ」。
装幀は水戸部功。
■目次
星野君のヒント
天使
帰途
開善寺の夕暮れ
雨の日の外科医のブルース
夏の光り
見えない木
保谷
西武園所感
言葉のない世界
■本書より
帰途
言葉なんかおぼえるんじゃなかつた
言葉のない世界
意味が意味にならない世界に生きてたら
どんなによかつたか
あなたが美しい言葉に復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが静かな意味に血を流したところで
そいつも無関係だ
あなたのやさしい眼のなかにある涙
きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
ぼくたちの世界にもし言葉がなかつたら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう
あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか
言葉なんかおぼえるんじゃなかつた
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたつたひとりで帰つてくる
■栞「ぼくらには詩が必要だ」曽我部恵一 より(抜粋)
詩にしか持ち得ない力をぼくは知っている。言葉だけが、ある種の力をぼくにくれることがある。その言葉は、メロディに乗って歌われたものや、物語の一部として描かれたものとは違う、独立した存在である「詩」という存在として。詩だけが、ぼくの心のほころびをなおしてくれることがある。心の飢えを満たしてくれることがある。音楽はぼくの体や心を包み込み、「音楽」にしてくれる。とてもいい気持ちだ。詩はぼくを「詩」にはしてくれない。詩はぼくを「ぼく」にしようとする。
■著者
田村隆一(たむら・りゅういち)
詩人。1923年、東京生まれ。1947年、鮎川信夫、北村太郎らと『荒地』を創刊、戦後の現代詩を牽引する。第一詩集『四千の日と夜』、第二詩集『言葉のない世界』(高村光太郎賞受賞)が高い評価を受ける。生涯にわたって詩作を続けるほか、評論、随筆、翻訳なども数多く手がけた。1998年没。
- A5判/上製本/カバー装/本文48頁/本文2色刷
- 2000円(本体価格・税別)
- 2021年4月14日刊
- ISBN978-4-89629-390-6 C0092
- ※品切れ