金子みすゞの童謡を読む 西條八十と北原白秋の受容と展開

ナーヘド・アルメリ 著

シリア人の日本文学研究者が、日本語と格闘しながら、独創的な金子みすゞ童謡論を完成させた。

「みんなちがって、みんないい」というフレーズで有名な金子みすゞの童謡のイメージは、〈やさしさ〉が強調されてきた。はたしてみすゞの童謡の本質は〈やさしさ〉だけなのだろうか。本書の著者、シリア人の日本文学研究者は、この〈やさしさ〉という童謡の本質に疑問符を突きつけ、〈やさしさ〉を超えた、みすゞ童謡の実像に迫り、画期的なみすゞ童謡論を生み出した。従来の研究では、みすゞ童謡に影響を与えた存在として西條八十が挙げられ、北原白秋については言及されてこなかった。著者は、八十と白秋の詩や童謡、両者が発表した翻訳詩などの緻密な分析を通して、みすゞが八十と白秋の両者からそれぞれに作品の特長や創作上の方法論を吸収しつつ、一生懸命にオリジナルの作品世界に昇華させたことを解明した。

巻末の「金子みすゞと私」は、日本語を学び、みすゞの魅力を発見した著者が、みすゞ童謡の普遍性について述べる。

 

■推薦のことば

本書の著者ナーヘド・アルメリさんは、シリア人留学生の女性で、2011年、シリア内戦が始まった半年後に来日し、筑波大学大学院で研鑽を積み、学位申請論文「大正期の童謡研究―金子みすゞの位置づけ」によって、今年(2020年)3月、筑波大学より博士号学位を取得された。論文の中で彼女は、矢崎氏をはじめとするみすゞ童謡の先行研究を踏まえて、みすゞの生涯や人となりが作品に与えた影響についてもしっかりと押さえつつ、一方これまでほとんど誰も手掛けてこなかった詳細な作品分析をおこなった。

その際、彼女が注目したのが、童謡という新たな文学領域を切り拓いた二つの巨星、西條八十と北原白秋の作品世界を、みすゞがどのように受容し、またどのように展開して独自の作品世界を創り出していったのかという点である。

鵜野祐介(立命館大学教授)

 

■本書「金子みすゞと私」より

 みすゞが偏見や束縛にさらされている女の子の内面を意識して作品化したことは、当時の童謡作品の中でも稀有なことであり、また作品を通じて当時の女性の置かれた社会的な境遇や観念について問題提起をおこなっている点でも特筆に値する。しかも、それをユーモアとも読み取れるフレーズや空想を盛り込みながら記述するのである。そうすることで、作品に心情的な多様性をもたらすのであり、重い主題にもかかわらず、軽やかで鮮やかな印象を残し、心情的に豊かな読みの可能性を広げるのである。

みすゞの作品は基本的に読み手に能動的な受容の体験をもたらす。それと同時に新しい世界、または世界の新しい見方を察知するよう働きかける。みすゞの作品が一三ヶ国語に訳され、また今日の日本において国民的な人気を博している理由は、以上のような特長に求められるのではないか。

 

■目次

「推薦のことば」鵜野祐介

 

 

第一章 金子みすゞの生涯と今日に至る評価の変遷

第一節 金子みすゞの生涯

第二節 みすゞの発見・忘却・再発見

一 みすゞ作品に対する西條八十の評価/二 みすゞにとっての八十の重要性/三 みすゞ忘却の五〇年/四 矢崎節夫によるみすゞの再発見

第三節 今日における国民的なみすゞブーム

第四節 一面的なみすゞ像

 

第二章 西條八十からの影響と金子みすゞの独自性―時空間の展開

第一節 八十の童謡作風の概観

第二節 八十の類似作品との比較から見るみすゞのイマジネーションの跳躍

一 「かなりあ」(八十)と「忘れた唄」(みすゞ)/二 「怪我」(八十)と「さかむけ」「睫毛の虹」(みすゞ)

第三節 みすゞと八十の相違―語りの対象への視点の配置

一 「村の英雄」「たそがれ」(八十)―単一対象への視点の固定/二 「雀のかあさん」(みすゞ)―距離を保ちながら雀側に加担する視点/ 三 「雀と芥子」「露」(みすゞ)――複数の対象への視点配置

第四節 『琅玕集』に見るみすゞの八十への関心

一 『琅玕集』に収録された八十の童謡作品の傾向/二 『琅玕集』に収録された八十の大人向けの詩作品に見る傾向/三 『琅玕集』に収録された八十の翻訳詩作品に見る傾向

第五節 おわりに

 

第三章 北原白秋からの影響と金子みすゞの独自性―新しい受容の体験と認識の多様化

第一節 「なぜ」「不思議」という主題

一 「赤い鳥小鳥」をめぐる白秋の童謡観/二 白秋の童謡における「なぜ」の特長的な用い方

第二節 白秋とみすゞの比較に見る「なぜ」「不思議」の展開手法

一 「空の色」「桑の実」―読み手を能動的な存在とする作品

第三節 生き物の死や虐待を題材にした作品

一 白秋の「金魚」が巻き起こした批判とそれに対する白秋の反論/二 「金魚」に対するみすゞの強い意識/三 みすゞの「お魚」「大漁」における語りの視点の相対化

第四節 おわりに

 

第四章 童謡詩人金子みすゞの歩みと作品の特長

第一節 童謡詩人としての歩み―三冊の童謡集に沿って

一 『美しい町』――下関への移住と童謡詩人としての輝き/二 『空のかあさま』─―母への想い/三 『さみしい王女』――結婚後のみすゞ

第二節 「見えない」という主題

一 みすゞのロセッティ作品への意識/ 二 ロセッティの「風」が投稿者に与えた影響/三 みすゞにおける「見えない」という主題とその展開手法

第三節 「蜂と神さま」に見る「入れ子構造」の展開手法

第四節 おわりに

 

結び

 

金子テル(みすゞ)略年譜

主要参考文献一覧

 

金子みすゞと私――あとがきに代えて

 

■著者

ナーヘド・アルメリ

1987年生まれ。シリア・アラブ共和国ヒムス出身。2009年8月ダマスカス大学日本語学科卒業。2011年9月日本に留学。2013年4月筑波大学大学院人文社会科学研究科入学。2020年3月博士(文学)取得。博士論文「大正期の童謡研究──金子みすゞの位置づけ」は優秀博士論文賞を受賞。帰国後、ダマスカス大学日本語学科で教鞭をとる。

 

 

  • 四六判/並製本/本文240頁
  • 2000円(本体価格・税別)
  • 2020年11月6日
  • ISBN978-4-89629-381-4 C0037
  • ※在庫僅少