『たのしいふゆごもり』『もりのてがみ』「のうさぎのおはなしえほん」シリーズなど、多くの人に愛される数多くの名作絵本を書いた詩人・片山令子のベストエッセイ集。
各誌に寄稿した80年代からのエッセイ60本と6篇の詩が織りなす、美しい心象風景。生きていくことの切なさをあたたかく包み込んで、希望のひかりとしての言葉を紡ぎ続けた人、片山令子。絵本の言葉にこめられた、繊細な観察眼と深い思いが、いま、ここに。
装画「夜と百合」・各章扉絵 片山健
■収録作品より
「惑星」
古い写真。まっすぐ前を見ている男の子か女の子かわからない生まれたばかりのわたし。産毛をきれいにそられて、くりくりの頭をしている。
子供時代のことは時々人から聞いたが意外に生まれて間もない頃のことはあまり聞いていなかった。つい最近それを聞いた。
わたしの子供時代と弟の子供、二代にわたって世話になったお手伝いさんがいる。家に来たのは、彼女がまだ少女の頃だったそうだが、その人が、最近こんな話をしてくれた。
「楽だったんだ。泣かないからぜんぜん手がかからなかった。何かみつけて来て、ひとりで黙って遊んでるんだもの」
涙がぽろぽろこぼれて止まらない時、いったい涙ってどこからこんなに出て来るのだろうと思うことがある。そんな時、きっと小さい頃から泣き虫だったんだろうなと思っていた。でも、そうではないことがわかったのだ。
本来持っているわたしの質、原形は、もしかしたらこんな乾いた感じなのかもしれないと思い、聞いたその日から、あたらしいわたしがはじめからやり直される感じがした。
だんだん原形にもどっていくような気がしたのだ。
大人がたくさんいる家だった。まん中にやっと生まれて来てくれた子供がいて、まわりには太陽を囲むように大人の惑星がいて、その子を見ながらそれぞれの仕事をしていた。
それぞれひとりひとりが、くっつき過ぎないという引力を持って、まわっていてくれる幾つかの人の惑星を持つ、独立した太陽であること。
こんがらかってしまったら落ちついて思い出そう。静かな、天体としてのわたしを。
■著者
片山令子(かたやま・れいこ)
1949-2018。詩人。群馬県生まれ。夫である画家・片山健と共作したロングセラー『たのしいふゆごもり』『おつきさまこっちむいて』『もりのてがみ』「のうさぎのおはなしえほん」シリーズのほか、『ふしぎふしぎ』(絵・長新太)、『きんいろのとけい』(絵・柳生まち子)、『森にめぐるいのち』(写真・姉崎一馬)など多数の絵本のほか、物語や絵本の翻訳を手がける。また詩人として、詩集『贈りものについて』『夏のかんむり』『雪とケーキ』と詩画集『ブリキの音符』(絵・ささめやゆき)を著すほか、個人詩誌を発行し続けた。
■目次
I 石
惑星/十力の金剛石/水晶
詩 六つの石の音
II リボン
リボンのように/風の灯台/花巻には夜行で/コクテール/イギリスになってしまう/花のような服/豆の花 豆の莢/何の理由もなく/にぎやかな棲み家/人生のような花束
詩 訪れ
さあ、残っているのは楽しいことだけ/ぶたぶたくんとなかまたち/子どもと生きる贅沢な時間/お菓子の国のカスタード姫/お父さんは汽車に似ていた/手紙のこと冬のたのしみ/小さい種子から/おしえてあげるよ/たんぽぽは希望の花ささめやさんのパールグレー/あたらしい『ブリキの音符』/悲しみを残さなかったこと/柔らかくて深くて明るい/あれは詩の方法だった/鞄とコーヒー/邦先生の形/子どもと大人のメリーゴーランド
詩 歌のなかに
III 音
いっしょに歌う歌/おつきさま/マイナー・トーンを大切に/わたしの好きな歌「LET IT BE」/九番の曲/ジギー・スターダスト/風に吹かれて/バッハ「パルティータ第二番」/リパッティのワルツの泉/夏とラジオ/裸のオルゴール
詩 あたらしい雲
IV ひとり
クーヨンの質問にこたえて/本は窓に似ている/きれいな言葉をくりかえし聞く/本について/お父さんの中に透けて見える子供――『せきたんやのくまさん』/ほんとうのことを知っているキツネ――『星の王子さま』/天使の骨格/萩尾望都「ポーの一族」をめぐって
詩 ひかりのはこ
V ひかり
あたらしいノートへ/記憶の種子をついばみながら――なつかしい丘をのぼる/子供からの夢のほうこく/野菜といっしょに/広い世の中へ出かけて行く/太陽のように自分でひかる/リーフレットにそえて/(無題)/絵本のそばで/青空の本
詩 空の時間
リリック lyric――あとがき
写真・略歴
底本リスト
- 四六判/上製本/カバー装/本文224頁
- 1,800円(本体価格・税別)
- 2019年10月刊
- ISBN978-4-89629-369-2 C0095