書物の宴

大石嘉美 著

人生と書物――書物が催すささやかな宴。

著者が歩んで来た人生のなかで深い感銘を受けた書物や、読書にまつわる体験、または書物の世界をやさしい声で語りかける滋味溢れる読書エッセイ。「時「楽」「蔵」「祈」四章のもと、小説、物語、詩歌、童謡、童話、写真などさまざまなジャンルの書物が一堂に会する。

 

■本書より

「古書」

およそ三百年前に出版された本が、いま目の前にある。『古今和歌集』で、奥付には「正徳三年正月日新出版」とある(一七一三年)。これがわが家にある最も古い本で、次に古いのは明治三十八年(一九○五年)刊、薄田泣菫の『白玉姫』だから、家にある古書としては別格である。江戸時代初期には活字本が流行ったが、その後廃れてしまい、木板に文字を彫りつけて一枚一枚版画の要領で印刷するやり方が主流となった。これはそうして一冊ずつ手作りで作られたもののひとつである。それこそ表紙は「汚され、破れ、しみのついた」状態なのだが、ありがちな虫食いの跡もほとんどみられず、文字も鮮明である。時々手にとってごく薄い一葉一葉をめくっていくと、あらためて和紙と墨の持つ生命力、そして成立はさらに八百年ほど前にさかのぼる『古今和歌集』の生命力に驚かされる。

いったい、三百年の間に、どんな人たちがこの本を手にして来たのだろう。「新出版」とある。出版元のあった京都で、新刊の、紙と墨の香りもかぐわしかったこの本を、もしかしたら食事を抜いてでも貸本屋から借りた若者がいたかもしれない。それとも裕福な商家の娘だろうか。手習の教科書では満足できず、父親にねだって、ようやく買ってもらったこの本を、拭き清めた机の上に大事におく。そして暇さえあればあちこちをめくって、はるかに遠い平安時代の空気を呼吸していたのかもしれない。その後、幾多の名も知らぬ人々が手にし、書き写したり、朗読したり、暗誦しては心のリフレッシュのよすがとして来たことだろう。この本も、使い込まれた美しさで底光りがして見える。(後略)

 

■本書で紹介されるおもな作品

紫式部『源氏物語』/『建礼門院右京大夫集』/藤原道綱母『蜻蛉日記』/鴨長明『方丈記』/西行『山家集』/福沢諭吉『福翁自伝』/柳田国男「少年読書記」『柳田国男全集』31/北原白秋『からたちの花 北原白秋童謡集』/北原白秋「海道東征」『交声曲 海道東征』/小川未明『小川未明童話集』/堀辰雄『風立ちぬ』/井上靖『星闌干』/梶村啓二『野いばら』/宮本輝『錦繍』/石牟礼道子『苦海浄土』/野町和嘉『ナイル』/アラン/白井健三郎訳『幸福論』/アラン/中村弘訳『ラニョーの思い出』/ヘミングウェイ/小川高義訳『老人と海』/ポー/巽孝之訳『黒猫・アッシャー家の崩壊』/モーパッサン/新庄嘉章訳『女の一生』/マイケルローゼン再話/ヘレン・オクセンバリー絵/山口文生訳『きょうはみんなでクマがりだ』/ジェームズ・W・P・キャンベル著/ウィル・プライス写真『世界の図書館』/ギッシング/中西信太郎訳『ヘンリライクロフトの私記』/ダンテ/三浦逸雄訳『神曲 煉獄篇』

 

■著者

大石嘉美(おおいし・よしみ)

1958年静岡県藤枝市生まれ。高校教諭。

著書

『文学の言葉―解釈の諸相―』冬至書房 2009年

『四季の読書』東京図書出版 2015年

 

■目次

四軒の古書店──序にかえて

 

時  星/生涯/老い/ミステリー

楽  コンサート/雑音/声/絵本

蔵  図書館/飢え/全集/古書

祈  風/名言/厚い本/写真

 

あとがき

 

 

  • 四六判/仮フランス装/本文160頁
  • 1,600円(本体価格・税別)
  • 2019年3月刊
  • ISBN978-4-89629-357-9 C0095