文学が大好きだ。少年のころから本のとりことなった著者は、とりわけさまざまな人生の匂いや景色、断面を鮮烈にえがく短編小説の世界にたっぷりと魅せられてきた。志賀直哉、石川淳、牧野信一、藤枝静男、阿部昭、シャルル=ルイ・フィリップ、チャールズ・ブコウスキー、レイモンド・カーヴァーほか……32作家35作品、短編小説をひらく喜びをあますところなく語る。
■本書より
「男のはかないつぶやきだ 野呂邦暢「鳥たちの河口」」より
ぼくは、詩はもとより、児童文学からファンタジー、ミステリーから怪奇小説などを読んできたが、やはり好みの小説は、私小説。今はもうあまり好まれなくなったジャンルかもしれないが、今まで書いてきた短編小説紹介のラインナップをみると、やはりそうだろう。偏見いっぱいの自分の読書だが、読んでおもしろいものがよく、それにはもっと視野を広くして……いいや、そんな優等生なことはいわない。ぼくは偏見に満ちた、自分の読書を貫く。だからといって、すべてを毛嫌いにはしないつもりだ。つまり何がいいたいのかというと、野呂のような作家を探していきたい。小さいけれども、確実に声を発している作家。それも本物の声を。ぼくがここで紹介しても、有名作家になったりはしない。だが、ぼくは文学というものは、その小さな声が、すべてなのだと確信している。人々の生活のなかで確実に発せられている、小さな声。それを言葉ですくい取る、作家、詩人。ぼくはそれこそが本当の文学であると確信している。(後略)
■著者
金井雄二(かない・ゆうじ)
1959年神奈川県相模原市生まれ。図書館司書として座間市立図書館に勤め、2019年春、同館長として定年を迎える。24歳から詩を書きはじめ、1993年に第一詩集『動きはじめた小さな窓から』を刊行。同詩集は第8回福田正夫賞を受賞する。おもな詩集に『外野席』(第30回横浜詩人会賞)、『今、ぼくが死んだら』(第12回丸山豊記念現代詩賞)、『朝起きてぼくは』(第23回丸山薫賞)ほか。1989年から個人詩誌「独合点」を発行し、現在にいたる。日本現代詩人会、横浜詩人会所属、日本現代詩人会では副理事長を務めた。
■目次
中・高生の人たちに
本は読まなければいけない コナン・ドイル「シャーロック・ホームズの冒険」/想像はすべてを超える レイ・ブラッドベリ「使者」/淡い初恋の味 島尾敏雄「島の果て」/宝石のような言葉 小川国夫「貝の声」/小さな町に住む小さな自分 シャルル=ルイ・フィリップ「小さき町にて」/声を大にして シャルル=ルイ・フィリップ「ビュビュ・ド・モンパルナス」
虚構の中の真実
噓がすべて許される物語 江戸川乱歩「押絵と旅する男」/幻想的なものまでリアル 内田百閒「盡頭子」/まず、日常の上に立って 半村良「簞笥」/小説の力、文章の力、言葉の力 石川淳「鷹」/死者たちの会話 藤枝静男「一家団欒」/最高の児童文学 庄野英二「日光魚止小屋」
アメリカにもある私小説
リアリティーはここにある 庄野英二「日光魚止小屋」/最高の児童文学 バーナード・マラマッド「借金」/
思い描く未来を ウイリアム・サローヤン「兄の頭の中にある考え」/まっすぐに生きる ウィリアム・メルヴィン・ケリー「ぼくのために泣け」/とうぶんあんたの顔は見たくないよ チャールズ・ブコウスキー「町でいちばんの美女」/ひねこびたリンゴの味 シャーウッド・アンダスン「卵」/アメリカとイギリス ヘレーン・ハンフ「チャリング・クロス街84番地」/想像してみて! レイモンド・カーヴァー「出かけるって女たちに言ってくるよ」/カーヴァーの小説って何? レイモンド・カーヴァー「必要になったら電話をかけて」
とっておきの短編小説
気分を一変させる出来事 芥川龍之介「蜜柑」/単なる描写を超えた文章 志賀直哉「剃刀」/レモンティーを横に置いて読みたい小説 梶井基次郎「檸檬」/かっこいいぜ! 鎌倉文士! 永井龍男「青梅雨」/やっぱり女性は怖い 三島由紀夫「雨のなかの噴水」/余計なものは書かないで 井伏鱒二「グダリ沼」
すばらしきかな短編小説
切ない、切ない、恋 牧野信一「繰舟で往く家」/涙がでる場面 山川方夫「煙突」/すべて私事、これが清々しい 尾崎一雄「華燭の日」/短編小説は雰囲気が勝負 長谷川四郎「シルカ」/ユーモア感覚を知ろう 安岡章太郎「ガラスの靴」/心の支えになる、ぺすとる 三浦哲郎「拳銃」/地味で、目立ちはしないけど 阿部昭「自転車」/力の抜けた味わい深い文章 阿部昭「水にうつる雲」/男のはかないつぶやきだ 野呂邦暢「鳥たちの河口」
あとがき
紹介した小説 掲載図書一覧
- 四六判/上製本/カバー装/本文216頁
- 1,800円(本体価格・税別)
- 2019年2月刊
- ISBN978-4-89629-356-2 C0095