消えてしまった葉

チラナン・ピットプリーチャー 著
四方田犬彦 訳
櫻田智恵 訳

◎タイで「タイ社会で影響力をもつ100人の女性」に選ばれるなど、絶大の人気を誇る女性詩人の初めての邦訳詩集。35篇の詩、解説付。

◎チラナン・ピットプリーチャーは1970年代、大学で民主化運動に参加。学生運動の指導者セークサンとともにラオスで武装訓練を受けた後、タイ・ラオス国境の森で6年間にわたり、タイ国軍との武装闘争に従事。その間に出産。1980年に恩赦により投降し、バンコクに帰還。コーネル大学に学び、1989年詩集『消えてしまった葉』を発表。森での苛酷な日々を描き、若き情熱と生命讃歌をうたう詩集は第11回東南アジア文学賞を受け、ベストセラーとなる。

◎解説「チラナン 人と作品」(四方田犬彦、櫻田智恵)は、チラナンの紹介や、本詩集が生まれた70年代当時のタイ社会、学生運動のことを詳細に述べている。

 

■収録作品より

「若い水牛が消えた話」

 

これからお話をします

貧しい水牛の群れのお話

戦いに敗れ あまりに長く

狭い檻に入れられたので 心が朽ちてしまった

 

餌を与えられ 食べるだけ

水牛は馬鹿だと叱られる

何も誰のことも知らなくて 騙されてばかり

四本の肢と輝く純朴な眼が 水田を梳く

 

水牛がいるからには その上に人がいる

真面目な水牛さんが水牛を操る

餌をあげるんだから 逆らっちゃいけない と甘言で釣る

手向かったら―銃で撃つまでよ

 

俺だって水牛よ…

騙されるまま 目の前の常識とやらに従い

でも 自分の血が地面に滴り落ちたっけ

角が人間様に当たったとかで

 

今日 俺はとうとう我慢できなくなった

あいつの言葉など もう信じたくない

肩のは毎日重くなるばかり 耐えられない

鼻輪だってして捨ててしまいたい

 

「角が尖っていても 銃剣とでは勝負にならない」

俺は我慢して 座りながら話を聴いている

一本道、でもこれしかないのかよお

自由になるには 銃で撃たれるしかないのかよお

 

■著者

チラナン・ピットプリーチャー

1955年、タイ南部トラン県に生まれる。チュラーロンコーン大学に進み、女子大生としての最高の栄誉である「チュラー大の星」に選ばれる。学生運動の指導者セークサン・プラセタークンとともに、白色テロを避けて国外に逃亡。ラオス国境で武装訓練を受けた後、1975年からタイ、パヤオ県を拠点として武装闘争に入る。1980年に投降。処罰なし。コーネル大学に留学。帰国して1989年、詩集『消えてしまった葉』を刊行。東南アジア文学賞を受け、ベストセラーとなる。以後、バンコクのメディアのなかで活躍。映画字幕から展覧会企画までに関わり、回想記、旅行記を精力的に執筆。仏教研鑽と環境保護運動に従事。2010年には「現代タイ社会で影響力をもつ100人の女性」に選ばれる。

 

■訳者

四方田犬彦(よもた・いぬひこ)

1953年、大阪に生まれる。東京大学で宗教学を、同大学院で比較文学を学ぶ。長らく明治学院大学教授として映画史の教鞭をとり、現在は文筆業に専念。東南アジア関係の著作としては『アジア映画の大衆的想像力』『怪奇映画天国アジア』『アジア全方位』がある。詩集に『人生の乞食』『わが煉獄』が、翻訳に『パゾリーニ詩集』がある。サントリー文学賞、桑原武夫学芸賞、芸術選奨などを受賞。

 

櫻田智恵(さくらだ・ちえ)

1986年、青森に生まれる。専門はタイ研究、歴史学(現代政治史)。上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士前期課程修了、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程を指導認定退学。現在、同研究科特任研究員。2007年にチェンマイ大学、2012から2014年にチュラーロンコーン大学に留学。論文に「プーミポン前国王による初期行幸と奉迎方法の確立:「一君万民」の政治空間の創出」、『タイ国王を支えた人々:プーミポン国王の行幸と映画を巡る奮闘記』など。

 

■目次

1 1970-72

つかぬまの思い/安らぎの世界/ゴムの樹の物語/夜の哲学者/空無/ついにボンヤリ/目標

 

2 1973-76

花が咲く/砂の墳墓/若い水牛が消えた話/火=霊、仕事=生命/若者の意思/花の誇り

 

3 1976-80

山中の想い/青春 森の詩のごとし/部隊の休息/記念塔/心を家に送る/ビンラー/南の言葉の風/稲の母神の微笑み

 

4 1979-81

生命/子供/遠くの子供への子守唄/移動する/魚を獲る人/国境地帯の物語/森の落日/遺言/蛍/塵芥

 

5 1981-86

生命と条件/寒い国からの覚書/八月、美しき風と来たりて/あれは過ぎ去った道

 

訳注

「チラナン 人と作品」四方田犬彦、櫻田智恵

 

 

  • A5判変型/並製本/カバー装/本文148頁
  • 2,000円(本体価格・税別)
  • 2018年2月刊
  • ISBN978-4-89629-344-9 C0098