あけやらぬ みずのゆめ

福田知子 著

2011年3月11日、東日本大震災。この世界に起きた大惨事の悲しみはいまなお癒えぬまま。風化させることはできない。

詩の朗読などで活躍している京都在住の詩人の第6詩集。前詩集『ノスタルギィ』(2012年)以降、5年という長い時に思索を積みながら、死者と生きる者が行き交わる詩の可能性をひらく。

 

■本詩集より

「川の視線」

 

水の気配に呼びとめられ歩く 朝

水音はひと雨ごとに懐かしい詩人の声になる

響いてくる風音は 秋枯れたの少し向こう

網の目になった虫たちの塒からの伝言

 

朝焼けにたゆたう光 日々濃くなる樹々の影

自転車を降り 走り来る子らの影と濃く重なりあう

それら影たちがしなやかな護謨となって伸び やがて溶けゆくまで

水の歌声は水鳥の影と重なりその輪を広げながら羽ばたいている

 

川の視線は遠く 近く 虹彩を微細に調節しながら

木々に 人びとに 草叢に 水鳥に 虫たちに投げかけられている

気がつけば洪水となってこの地域一帯を震え上がらせるほどの――

 

近づき 流水にそっと手を浸せば掌は水の影でみたされる

その水の その川の その視線の 何年も昔から――

この星の愛の深さによって生みだされた慄き それら視線

 

■著者

福田知子(ふくだ・ともこ)

1955年神戸生まれ。詩集に『猫ハ、海ヘ』(蜘蛛出版社、1987年)、『ノスタルギィ』(思潮社、2012年)、他3冊。評論集に『微熱の花びら―林芙美子・尾崎翠・左川ちか』(蜘蛛出版社、1990年)、『詩的創造の水脈―北村透谷・金子筑水・園頼三・竹中郁』(晃洋書房、2008年)。共著に『京の美学者たち』(晃洋書房、2006年)、『スペイン内戦とガルシア・ロルカ』(南雲堂フェニックス、2007年)など。詩誌『Mèlange(めらんじゅ)』編集発行人。ガルシア・ロルカと震災犠牲者に捧げる「ロルカ詩祭」は2017年夏で20回を迎えた。コピーライター・大学教員を務め、現在に至る。学術博士(立命館大学大学院)。日本ペンクラブ会員、日本現代詩協会会員。

 

■目次

あけやらぬ みずのゆめ 1

ふりわけられし水/海への道/川の視線/海/はなびら/氷の世界

 

雨の底から 樹の底から

父/母/ヘアダイ/雨の底から 樹の底から/背高キリン草

 

夏に出会う

とめどなく死者がやってくる朝/雪と花と空と詩/溟い波、ヴォカリーズ/ビスナール/わたしはかつてレモンの葉脈を/夏に出会う

 

あけやらぬ みずのゆめ 2

蒼いうた/すけるてゆびの舞踏会/水平線/鹽の種

 

入り江から

白い月/酸素/脱皮する樹木/船霊さん/入り江から

 

あとがき

 

 

  • A5判/上製本/本文104頁
  • 1,800円(本体価格・税別)
  • 2017年12月刊
  • ISBN978-4-89629-341-8 C0092