シンボルスカの引き出し ポーランド文化と文学の話

つかだみちこ 著

若い頃からポーランドに足繁く通う著者は、ポーランド文学に造詣が深く、翻訳家として幅広く活躍する。本書は、情緒細やかにポーランドの魅力を伝える珠玉エッセイ集。

Ⅰ「シンボルスカ」は、ノーベル賞詩人シンボルスカの詩と、親交したシンボルスカとのエピソードをつづり、Ⅱ「ポーランド三十景」は、著者が留学時代(1969〜75)、実際に見聞したポーランドの姿を活写する。Ⅲ「ポーランド文化と文学の話」は、キュリー夫人、ショパン、ガリツィア文学祭などを、豊かな知識と体験をもとに語る。

輝かしいポーランド讃歌!

 

■ 本書より

「ヴィスワヴァ・シンボルスカの死を悼む」

二〇一二年二月一日、ポーランドのノーベル賞詩人、ヴィスワヴァ・シンボルスカが亡くなった。突然の訃報だった。八十九歳の高齢。いつこうなっても不思議ではない。しかし、なぜか彼女は、まだまだ亡くならないのではないかと思っていた。

「頭はしっかりしているし、絶対に惚けたりする人ではない」

ポーランドの友人も、そう断言していた。だから、宇野千代の言い草ではないが、「(彼女は)死なないのではないか」と漠然と思い込み、どこか安心していた。まだまだ九十歳を過ぎても生きているに違いないと誤信していた。

結局、二〇〇九年のポーランド文学世界翻訳者会議でお会いしたのが最後になってしまった。

私の顔も名前もちゃんと覚えていて、向こうから声を掛けてくださった。いつも翻訳などで食べていけるのかと、ひそかに心配してくださっているようだった。

昨年、いつもコンスタントには出さないクリスマスカードや民芸風のカレンダー、高校時代からの親友で日展入選画家・若槻三千代さんが描いてくださった絵はがき、さらに、最近ブログで武蔵野日和下駄さんが私の訳詩集を評価してくださったこと、ブックディレクターの幅允孝さんが「震災後に読む本 心に響く……生活者の目線」として取り上げてくださった新聞記事をお送りしたところだった。

絵はがきには、コバルトブルーや若草色の鮮やかな色調をバックに、私の訳した『シンボルスカ詩集』が、アンティークの椅子の上に読みさしのまま置かれた様子が描かれていた。

詩人は重症の肺がんに苦しんでいたが、脳動脈瘤という難病とも闘っていて、二月一日に眠るように安らかに息を引き取ったと伝えられる。(後略)

 

■著者

つかだみちこ

京都出身。作家、エッセイスト、ポーランド文学翻訳家、日本ペンクラブ会員。

一九六九年九月から七五年六月まで、ワルシャワ大学にて現代ポーランド文学を専攻。

主要翻訳

モニューシコ、シマノフスキのオペラ台本の翻訳、通訳。モニューシコ歌曲CDⅠ、Ⅱ。『東欧短編集』(共訳、新日本出版社)、ヤロスワフ・イワシキェヴィチ『ノアンの夏 ショパンとジョルジュ・サンドンド』、『ポーランド文学の贈り物』(未知谷)、『現代東欧詩集』(編訳)『シンボルスカ詩集』(土曜美術出版販売)、『ポケットの中の東欧文学』(成文社)、チェスワフ・ミウォシュ『世界 ポエマ・ナイヴネ』(共訳、港の人)、ワンダ・ホトムスカ『菩提樹と立ち葵の歌 ショパン音の日記』(ハンナ)ほか多数。ボレスワフ・プルス「休暇に」は『高等学校〝現代文〟』に収録され、「日本ペクラブ電子文藝館」に掲載中。

主要著書

『キュリー夫人の末裔 ポーランドの女たち』(筑摩書房)、『ポーランドを歩く ショパンと田園の国』(You出版局)、ドキュメンタリー小説『ヴィルニュスまで』(諏訪部夏木名義、東方社)ほか多数。「濃霧のカチン」は「日本ペンクラブ電子文藝館」に掲載中。

 

■目次

I シンボルスカ

シンボルスカの詩/掌/こんな人々/懇願/ABC/事件/遠近法/盲人の気配り/アトロポスへのインタビュー/ギリシャの彫像

 

シンボルスカへの祈り

ヴィスワヴァ・シンボルスカ/ヴィスワヴァ・シンボルスカの死を悼む/引き出しが好き ヴィスワヴァ・シンボルスカの回顧展

 

II ポーランド三十景

01 野原とヒナゲシと/02 輝く夏の日は/03 人魚の紋章/04 迷いこんだ花園/05 レフ・ワレサのこと/06 ポーランド人の気質/07 国をあげて復活祭を/08 豪華なオペラ劇場/09 文学同盟の人たち/10 クジャクのように装い/11 いたる所に公園/12 スターリンの贈り物/13 ショパンの生家/14 地下鉄にも複雑な反応が/15 死者の日/16 女性のおしゃれ/17 女性は“四交代”労働?/18 “年金者の家” /19 リラの花咲くころ/20 風邪にきく菩提樹の花/21 ノヴァコスキの世界/22 百五十ほどしかない名前/23 住宅難 私も体験/24 女子労働者の怒り/25 不評の「ワルシャワ労働歌」/26 ご利益のある香り草/27 “黒いマドンナ”/28 強制収容所の体験/29 アウシュヴィッツ行/30 予感はあった

 

III ポーランド文化と文学の話

もう一つの『キュリー夫人伝』/車椅子で廻ったヘルマン・ヘッセの足跡を辿る旅/秋のガリツィア文学祭/メキシコでの一週間/飛ぶフェスティバル/国境の街 プシェミシルへの旅/二人のウルシュラ/スタニスワフ・レムの目と鈴蘭/新しいポーランド文学の担い手 オルガ・トカルチュク/或るクリムトのモデル/モスクワのギュンター・グラス/ショパンの姉 ルドヴィカのこと/分譲菜園/ノアン・ショパン生誕二百年に寄せて/ヴロツワフのノリ/キュリー夫人の涙/クラクフの本屋さんと薔薇の花

 

「あとがき」にかえて

 

 

  • 四六判/並製本/カバー装/本文200頁
  • 1,800円(本体価格・税別)
  • 2017年11月刊
  • ISBN978-4-89629-340-1 C0095