◎明治期の鎌倉は、多くの皇族、華族、財界人たちが別荘を建て、華やかなリゾート文化を形づくった。また、鎌倉大工と呼ばれる地元の大工たちが、高い技術力で、鎌倉独自の商店建築や住宅を作り上げていった。それらの近代遺産は、今なお、鎌倉の町のあちらこちらに息づき、現役の住まいや公共のスペースとして、市民の暮らしのなかにとけ込んでいる。西洋建築史の第一人者であり、国内の近代建築の調査を数多く手がけてきた著者は、鎌倉市の近代建築物調査にも長くかかわってきた。今回、新たに調査した建築物を加え計50件を紹介、見どころを簡潔に解説しつつ、近代建築から見た鎌倉の町の魅力を語る。
◎鎌倉近代建築史の専門家である著者が、鎌倉洋館「ビッグスリー」、公共建築、洋風住宅・医院といった種類でわけ、代表的な建築物50件を紹介。写真約60点掲載、掲載建物エリア別マップもついて、鎌倉散歩のガイドブックとして楽しく役立つ1冊。
■「はじめに」より
この本は、鎌倉の近代建築を五〇件とりあげて、その歴史的位置づけと見どころを書いたものである。戦前までに建てられたものが大半であるが、戦後のものも半世紀を経たもの、つまり一九六〇年代半ばまでに建てられたものを八件とりあげた。
（中略）
鎌倉には、ここにとりあげたもの以外にも、まだまだたくさんの歴史的な住宅建築が現存している。売却によって持ち主が変わっても、既存の建物を取り壊さず改修して使い続けるという例がしばしば見受けられる。新しい所有者も既存の建物がもつ歴史性や物語性と、周辺の環境が気にいって購入したという面もあるだろう。そうして良き景観と住環境が保持されていくわけであるが、鎌倉は、たとえば景観重要建造物や文化財に指定・登録されたよく知られた建物の近くや奥にひょっとすればもっとすごいものがあるかもしれないと思わせ、現にそうしたものがある奥行きと厚みを有している。それが、よく知られた目だつ建物が所々にあるような都市とは異なる鎌倉の魅力だともいえるであろう。実際、鎌倉の景観は奥深く、簡単には窺い知れない。とりわけ山近くの谷戸の景観はそうで、主屋そのものが外からはよく見えないことがある。かりに主屋が新しく建てられていたとしても門や塀や生垣が歴史を物語っていることもたくさんある。そうした付属物もまたよき景観をつくりだしており、よき散策路の構成物となっているのである。
■著者紹介
吉田鋼市（よしだ・こういち）
1947年、兵庫県姫路市生まれ。工学博士。横浜国立大学名誉教授。『アール・デコの建築』（中公新書）、『日本のアール・デコ建築入門』（王国社）『図説 アール・デコ建築』（河出書房新社）、『西洋建築史』（森北出版）ほか、著書多数。2015年、第64回神奈川文化賞（学術）受賞。
専門は西洋建築史・近代建築史。1982年から85年まで行われた「神奈川県近代洋風建築調査」に携わり、その後も「鎌倉市洋風建築物の保存のための要綱」に基づく重要建築物の実測調査を継続して行った。その成果は鎌倉市発行の『神奈川市景観重要建築物等指定調査報告書』（2013年）にまとめられ、鎌倉市の景観保護の指針となっている。
■目次
はじめに
解説 鎌倉近代の建築遺産
鎌倉洋館「ビッグスリー」
01 鎌倉文学館（旧・前田家別邸）／02 旧・華頂宮邸／03 古我邸
公共建築
04 御成小学校講堂／05 鎌倉国宝館／06 旧・鎌倉図書館／07 旧・鎌倉加圧ポンプ所／08 由比ヶ浜公会堂
洋風住宅・医院
09 鎌倉市長谷子ども会館（旧・諸戸邸）／10 旧・安保小児科医院／11 篠田邸／12 石川邸（旧・里見弴邸）／13 小池邸／14 石島邸／15 石窯ガーデンテラス（旧・犬塚邸）
和風住宅
16 旧・川喜多邸（旧・和辻邸）／17 成瀬家住宅／18 野尻邸（旧・大佛次郎茶亭）／19 平井家住宅・長屋門／20 去来庵
和洋共存住宅
21 扇湖山荘／22 笹野邸／23 加賀谷邸／24 高野邸／25 檑亭（旧・清香園）
商店・オフィス
26 旧・鎌倉銀行由比ガ浜出張所／27 大船軒／28 三河屋本店／29 湯浅物産館／30 寸松堂／31 白日堂／32 のり真安齊商店／33 萬屋本店／34 星野写真館
ホテル・旅館
35 ホテル ニューカマクラ／36 かいひん荘鎌倉／37 旅館対僊閣
教会・寺社建築
38 日本基督教団鎌倉教会会堂／39 日本基督教団鎌倉教会付属 ハリス記念鎌倉幼稚園／40 鎌倉聖ミカエル教会聖堂／41 鎌倉宮／42 東慶寺本堂
戦後建築
43 旧・神奈川県立近代美術館本館／44 神奈川県立近代美術館鎌倉別館／45 吉屋信子記念館／46 聖母訪問会モンタナ修道院聖堂／47 鎌倉市役所本庁舎／48 鎌倉商工会議所会館／49 円覚寺仏殿／50 龍宝寺本堂
掲載建物エリア別マップ
あとがき
- 四六判／並製本／カバー装／本文200頁
- 1,600円（本体価格・税別）
- 2017年11月刊
- ISBN978-4-89629-339-5 C0052