ほとんど見えない

マーク・ストランド 著
森邦夫 著

◎村上春樹訳『犬の人生』(中公文庫)で知られる、アメリカの桂冠詩人マーク・ストランドの人生の最後を飾る詩集『ほとんど見えない』(2012年)、待望の翻訳。『犬の人生』の、その後の人生の謎が、この詩集で軽妙に、あるいは厳かに語られている。

◎「盲目の女たちの売春宿の銀行家」「夢の睾丸、消えた子宮」「庭の絞首台」「わかりきったことを誰も知らない」「わたしが百歳になったとき」……、非常に短い寓話、冗談と皮肉、不条理な逸話など47篇の詩作品がおさめられ、とても奇妙な世界が展開している。

◎「不思議な絵のような光景、解くのが難しい謎の提示は、作品を暗く美しいかつ思索的なものとしている」(解説より)。人生とは、生きるとは、そして誰にも訪れる死とは何か、永遠の問いに、永遠に響くような詩が輝き、わたしたちの存在を照射する。

 

■本書より

「両手の中に顔を埋めよ」

わたしたちは川を横切り、風は麻痺させる冷気を放ち、わたしたちはそれを従順に受け入れ、もはや与えられるもの以上を期待していなかったし、この場所になぜ来る羽目になったのか悩みもしなかったので、何事も想定通りにならないことを、気にもかけなかった。霞の中で生きているわたしたちは、それを晴らす方法は全くなく、いつそうなったか知る方法もない。沈黙する雪の思考は、それを突き刺す前に突然溶ける。わたしたちがどこにいるのかは、解明されない。行先不明の入口は増え、現在はひどく遠い、遠く深い。

 

■著者

マーク・ストランド(Mark Strand)

1934年4月11日、カナダのプリンスエドワード島で生まれた。1938年家族とともにアメリカに移住した。オハイオ州のカレッジを卒業後、イェール大学で美術を学び、イタリアに留学もした。その後文学の道に進み、大学で教えながら詩を書いた。多くの大学を転々としているが、長く勤めたのはユタ大学とシカゴ大学、最後にコロンビア大学で教えた。『片眼を開けて眠りながら』(1964年)で詩人としてデビューし、長編詩『暗い港』(1993年)、詩集『駱駝と人間』(2006年)など多数の詩集を刊行したが、『吹雪』(1998年)でピューリツァー賞を受賞している。1990年にはアメリカ桂冠詩人を務めた。その他に、短編小説集、絵画に関するモノグラフ、翻訳書も刊行している。本詩集は2012年に刊行された詩人の最後の詩集。2014年11月29日、ニューヨークで死去。

 

■訳者

森邦夫(もり・くにお)

アメリカ文学者。1947年生まれ。東北学院大学大学院文学研究科修士過程修了。鶴見大学名誉教授。著書に『詩と絵画の出会うとき―アメリカ現代詩と絵画』(神奈川新聞社、2002年)、翻訳に『アメリカ現代詩101人集』(共訳、思潮社、1999年)、研究論文に「ウィリアム・カーロス・ウィリアムズとブリューゲル」「ロバート・ローウェルの晩年」「チャールズ・シミックの詩と記憶の効用」などがある。他に詩文集『音楽と出会う情景』(私家版、1994年)、詩集『エドワード・ホッパーの絵、その他の詩』(私家版、2002年)がある。

 

■目次

盲目の女たちの売春宿の銀行家/両手の中に顔を埋めよ/どんな場所でもどこかにある/寝室での調和/不在の明白さ/文科省大臣、願いを果たす/郷愁の老齢/夢の睾丸、消えた子宮/説明不可能な研究家たち/毎日の音楽の魅惑/詩人の埋もれた憂鬱/これから数百年先であろうとも/日没時の消耗/九月の光ではっきりと/きみはここからいつでもそこに行ける/庭の絞首台/ランプの灯りのそば、愛のシルエット/無限なるものの勝利/異様な手紙の神秘的到着/スペイン詩人の詩/微小なるものの謎/旅の夢/暗がりの緊急治療室/かつて、ある寒い十一月の朝に/暫定的永遠性/世界の果ての通り/ニーチェ風砂時計あるいは未来の不幸/もはや語る必要のない出来事/短い讃辞/隠遁の憂鬱/テグシガルパからの手紙/トピーカでの神秘と孤独/なすすべはない/どんな言葉も説明できない/死後に/キーウェストでの虚しい行為/わたしの病気の隠れた美しさについて/星だけがわたしたちを導く/ポカテロでの苦難/風に運ばれる一枚の葉のように/ソーシャルワーカーと猿/わかりきったことを誰も知らない/あの小さな足と不快な手/偉大なるものを見逃さないこと/月を愛した男の夜想曲/新しい永遠の大きなダンスホールで/わたしが百歳になったとき

 

訳者解説 マーク・ストランドとその詩

 

 

  • 四六判/上製本/カバー装/本文124頁
  • 1,800円(本体価格・税別)
  • 2017年6月刊
  • ISBN978-4-89629-334-0 C0098
  • ※品切れ