◎「或る朝の発声/呼吸することは悲しい、宇宙は悲しい」と懊悩する青春の魂の告白。社会に出ていく前の、孤独な青年の世界を素朴でみずみずしい情感にあふれた言葉でうたう。
◎文芸批評家として旺盛な活動を展開している著者が二十二、三歳の時に書き、そして三十歳の時、評論と合わせた『鬼火―文学』という本を出した。評論はすでに『文藝評論』に収めて刊行し、今回三十余年ぶりに散文詩集を復刊する。著者の批評活動の原点をあらわした抒情の世界が美しく蘇る。
◎書名となった「鬼火」とは、著者が宿命的に影響を受けたというルイ・マル監督のフランス映画「鬼火」にちなむ。
■収録作品より
「或る断片」
上野の博物館には大変広い庭がある。秋の一日、展観を見てしまつてからその庭の中の植込の芝生の上に寝転びながら、午後の秋空を見上げたりして私はよく、鬱を晴らしたりしたものだつた。
色紙の青の空
浮んでゐる雲は白――
あゝ、見える見えてくる
こんなに沢山のものが――
博物館の建物の手前のところに、大きな銀杏の樹が一本立つてゐる。黄色く色も変り、数も少なくなつた葉が、青く澄んだ空に吸ひ込まれてゐるかのやうに、一つ一つひらめいてゐた。
――俺の悲しい舌のやうだ――
そして、吹きくる風に私の心の樹も同じやうにひらめいてくる。
あゝ、俺の心の樹がひらめいてくるのもあの銀杏の樹のやうに大分枯れてしまつたからだ、葉を大分切り落としてしまつたからだ(後略)
■著者紹介
新保祐司(しんぽ・ゆうじ)
1953年生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。文芸批評家。現在、都留文科大学教授。著書に、『内村鑑三』(1990年)、『文藝評論』(1991年)、『批評の測鉛』(1992年)、『日本思想史骨』(1994年)、『正統の垂直線―透谷•鑑三•近代』(1997年)、『批評の時』(2001年)、『国のさゝやき』(2002年)、『信時潔』(2005年)、『鈴二つ』(2005年)以上、構想社。『島木健作―義に飢ゑ渇く者』(リブロポート、1990年)、『フリードリヒ 崇高のアリア』(角川学芸出版、2008年)、『異形の明治』(2014年)、『「海道東征」への道』(2016年)以上、藤原書店。『シベリウスと宣長』(2014年)、『ハリネズミの耳』(2015年)以上、港の人。
編著書に『北村透谷―〈批評〉の誕生』(至文堂、2006年)、『「海ゆかば」の昭和』(イプシロン出版企画、2006年)、『別冊 環⑱ 内村鑑三 1861-1930』(藤原書店、2011年)。
■目次
或る断片
十二枚の版画/手回しオルゴール/夜光/屋根の上の白い鳥/指先から夕暮の大気に/空の水脈/地図記号/秋の午前/セザンヌの絵の腕/漁火/幻の雪/道に就いての断章/一つの遠景
二十四枚の口絵
遠吠え/池之端の自画像/蜘蛛の巣/鴨川に沿つて/初夏のたそがれ/時雨/寺にて歌へる/カンタアビレ/湯島天神/秋水/脳髄/湖上/鳶/山の蟬/夢の後で/夕暮時に遠ざかるもの/ちぎれ雲が見た私/風鈴/閉花/神社の石段/五月の歌/雨垂れの正確/花火/元日の風
言葉の為の三つの小品
虻/輪郭/雪の朝の道
あとがき ― 回顧四十年
- 四六判変型/フランス装/本文120頁
- 1,800円(本体価格・税別)
- 2016年9月刊
- ISBN978-4-89629-320-3 C0092