歩く 増補改訂版

郡司正勝 著

「郡司かぶき」といわれる数々の名作を世に問うた郡司正勝が、舞台とは、俳優とは、表現とは、と演劇の真髄を気骨ある文章で語る。1998年の初版に、あらたに晩年の歌舞伎などについての貴重なエッセイ(5本)を収めた増補改訂版。

 

■本書より

「かぶきの心と美」

「かぶき」は、江戸時代の庶民が創り上げた芸術である。

「かぶき」という言葉は、今日、伝統舞台芸術である演劇の名称でしか使われていないが、かぶきの興った、桃山・江戸の初期十六世紀の頃には、日常語として、

「いざや、かぶかん」とか「かぶき人」などというように一般語として使用されていたのである。

本来「傾(かぶ)き」のことで「傾奇(かぶき)」とも記した。

今日の言葉に置きかえるなら「新傾向」「前衛」というところかとおもう。

だから「かぶき芝居」といえば、前衛劇ということであった。

その演劇が成熟したときに、「歌舞伎」という字を当てたのである。

しかも江戸時代は「歌舞妓」と書いたので、かぶきという演劇は、

歌と舞と伎(わざ)とで出来ているからだというのは、近代のこじ付けにすぎない。

「かぶき」の精神とするところは、旧体制や旧習の日常性に対して抵抗する意味であった。

かぶきが近代の黎明期とその発生をともにしたことは、戦乱の暗雲に閉ざされていた中世を脱して、新しい世を先取りしたことに由来する。

中世の暗い「憂き世」を、明るい「浮き世」に転じたのである。

「かぶき」は、戦後の民衆が求めた「夢の浮世をいざ狂へ」という

刹那主義の象徴として始まるといっていい。(後略)

 

■著者

郡司正勝(ぐんじ・まさかつ)

1913年北海道札幌市生まれ。早稲田大学文学部卒業。早稲田大学演劇博物館員、講師、助教授、教授をへて退職。名誉教授。古典芸能、ことに歌舞伎に造詣が深く、独自の日本芸能学を樹立。1963年より歌舞伎の演出、監修に携わり、「郡司かぶき」といわれる数々の名作を世に問うた。1998年札幌にて死去。享年84。

主著に、『郡司正勝刪定集』(全6巻、第5回和辻哲郎賞)、『かぶき―様式と伝承』『かぶきの發想』『おどりの美学』『童子考』『鶴屋南北』『芸能の足跡 郡司正勝遺稿集』ほか多数。

 

■目次

グンジのびっくり桶

舞台は/俳優/演劇/再び俳優について/セリフについて/表現について/変身の価値/初心ということ/「切れ」と「立ち上り」

 

来る日も「歩く」

かぶきの心と美/わたしにとって「パフォーミング・アーツ」とは/来る日も「歩く」/「青森のキリスト」断想

 

かぶき考(注:増補分)

江戸の発想/かぶきと能の変身・変化/かぶき演出のなかの儀礼/見せるものではない盆踊/ある秋の日の対話(インタビュー)

 

イメージ・スクリプト 台本 歩く

台本 原始かぶき 青森のキリスト

帚木抄 自平成九年一月─至十年二月

 

 

  • 四六判/並製本/カバー装/口絵写真4ページ/本文176ページ
  • 1,800円(本体価格・税別)
  • 2016年7月刊
  • ISBN978-4-89629-315-9 C0074