佛語箋 研究・索引・影印

飛田良文 監修
田口雅子 編著

『佛語箋』(巻一・巻二)は、幕末の士族子弟向けの開成所(1962)などでのフランス語教育の流れとは別に、一般の人々を対象として、士族で画家として活躍した加藤雷洲(1833-95)が編纂した和綴じの和仏単語集である。

幕末・明治維新という時代の大きなうねりの中に小さな輝きを見せてやがて消えて行く一冊の単語集ではあるが、一般庶民レベルの日仏交流の実際を支えたという点では、おそらく初に近い和仏単語集である。

この『佛語箋』は、総語数3174語であるが、編者雷洲の序文がなく、出版目的や刊行年などは不明である。ただし刊行年としては、巻二が明治2年の終わりに刊行されたことが、当時の文部省の記録にあるので、『佛語箋』の完成はその前であると推測される。

本書は、編者雷洲が英仏オランダ語の3語の単語集『三語便覧』(村上英俊編)に深く影響を受け、それに工夫を加えて編纂していること、また雷州が新たに増補した192語について、詳しく調査し、解説する。さらに日本語索引、フランス語索引を設け、原本の影印を収録する。

雷洲が漢語とオランダ語の知識を生かし、フランス語という言語を文化とともに摂取しようとして、総語数3174語の単語集に結実させた並々ならぬ努力と労苦は、150年余を経た現代においても『佛語箋』研究の重要な基本文献として多大なる価値があると確信する。

 

■本書「あとがき」より

「日本の近代化は文字との戦いに始まった」とは、飛田先生の「近代日本語と漢字」(1988)の冒頭の文章である。佛語箋などの「~箋」の単語集は近代の黎明期に日本語の文字や言葉の文化が変化していく過程の証でもあると自らも考え、索引作成によって、洋語を取り入れていくその道筋を辿る機会が与えられたことを幸いに思った。

実際の、和綴じの版本は日本語フランス語それぞれの古い字体で記され、訳語や綴りの誤りもあり、判読が難しい語もある。しかし、「ミガルノアシガル 軽装騎兵」は、Chevau-léger、「ハヲリ 短掛」はManteau、「ナガモモシキ 長袴」はPantalonなどの表現があり、「ヤジリキリ 鑚倉」はFilon*(filou)、「ハナノシヤウジ 鼻孔隔」は Etre deux-des narinenes*(entre les deux narines)等の、見慣れない語もあり、興味をそそられた。鎖国政策の影響からかキリスト教関係の語は、例えば「ヲタマヤ 廟堂」はChappelle*(chapelle 礼拝堂) 、「テンダウ 天堂」はPurgatoire(煉獄)などと記されている。中にはフランス語の古語も多く、英語や蘭語風の綴りもある。また日本語の語順で記した一種の造語があり、「イイビツ 飯桶 Riz boite*(boîte à riz)」などのようにフランスにはない事物を何とかフランス語で記そうとの苦心の跡も見える。幕末のことばが西欧文化を吸収していく過程がさまざまな問題を含みながらも如実に示されている。

士族の一人であり画家でもある著者の加藤雷洲については、序文もないために不明な点があり、『佛語箋』には村上英俊の『三語便覧』の中の語をそのまま継承している語が多く見られ、綴りや訳語に誤りもある。しかし、仏和辞書も和仏辞書もなく、おそらくは蘭仏辞書が頼りであった時代である。雷洲はフランス語を文化とともに摂取しようとして、江戸時代後期の日本語と漢語と蘭語、そして本草学の知識を生かし、一般の人向けに3174語の和仏単語集にまとめあげている。その並々ならぬ努力の結晶は、150年余を経て今一度評価される価値があると思われる。

 

■監修

飛田良文(ひだ・よしふみ)

1933年生まれ。東北大学大学院文学研究科修了。文学修士。博士(文学)。国立国語研究所所員、国際基督教大学大学院教授などを歴任。現在、国立国語研究所名誉所員。日本近代語研究会会長。国際基督教大学アジア文化研究所客員所員。

著書・編書に『東京語成立史の研究』(東京堂出版)、『明治生まれの日本語』(淡交社)、『明治のことば辞典』(東京堂出版)、『英米外来語の世界』(南雲堂)、『国定読本用語総覧』(国立国語研究所・三省堂)、『三省堂国語辞典』(三省堂、第四版から)、

『現代日葡辞典』(小学館、ロドリゲス通事賞受賞)、『大辞泉』(小学館)、『哲学字彙訳語総索引』(笠間書院)、『日本語学研究事典』(明治書院)、『ヘボン著和英語林集成 初版・再版・三版対照総索引』(港の人)、『改訂増補哲學字彙 訳語総索引』(港の人)、『国立国語研究所「日本大語誌」構想の記録』(港の人)など多数。

 

■編著

田口雅子(たぐち・まさこ)

東京都立大学大学院人文科学研究科国文学修士課程修了。文学修士。ユナイテッド・ワールド・コレッジ(シンガポール)、モンタナ州立大学(アメリカ)、パリ第七大学(フランス)勤務の後、国際基督教大学、青山学院女子短期大学、東洋大学の元講師。国際バカロレア試験官(言語A 文学、主任)を20年近く担当。

著書(単著)に『日本語教師のカルチャーショック』(南雲堂)、『らくらく日本語ライティング』(アルク)、『国際バカロレア』(松柏社)がある。

 

■目次

「監修のことば」飛田良文

 

『佛語箋』研究

はじめに

 

1 『佛語箋』以前のフランス語単語集と加藤雷洲

1-1 フランス語単語集 とその時代/1-2 編者・加藤雷洲

 

2 『佛語箋』の書誌と所蔵状況

2-1 『佛語箋』の書誌/2-2 『佛語箋』の所蔵機関/2-3 『佛語箋』の所蔵形態

 

3 発行書林と刊行年

3-1 発行書林/3-2 『佛語箋』の刊行年

 

4 『佛語箋』・『三語便覧』の関係

4-1 部門の立て方/4-2 各部門の語数比較/4-3 両書における表記一致語

 

5 『佛語箋』・『三語便覧』の表記比較

5-1 振り仮名表記の比較/5-2 漢字表記の比較/5-3 フランス語表記の比較

 

6 『佛語箋』の編集過程

6-1 編集作業(1)―表記変更/6-2 編集作業(2)―増補語192語/6-3 増補語資料と編集の経緯

 

7 『佛語箋』と出版事情

7-1  『佛語箋』出版とその事情/7-2 出版元と関連事情

 

『佛語箋』索引

凡例

『佛語箋』日本語索引

『佛語箋』フランス語索引

 

『佛語箋』影印

 

あとがき

 

 

  • A5判/上製本/函入/本文616ページ
  • 15,000円(本体価格・税別)
  • 2016年5月刊
  • ISBN978-4-89629-314-2 C3081