◎トマス・ピンチョン論を中心に、現代文学全般、文化論へと批評のフィールドを広げる気鋭のアメリカ文学研究者が問う、希望とともに文学を生き直す文学評論の試み。
◎批評、エッセイの枠組みを超え、今を生きる私たち自身にとって新鮮で、そして切実な響きをもって語られる新しい文学の言葉が、活版印刷による書物に託される。
◎「ロケットの正午」とは、トマス・ピンチョンの『重力の虹』に登場する、ヒトラーが企てた試作ロケットの発射音が刻む、虚構の時刻。
◎ピンチョン、ジョナサン・サフラン・フォア(『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』)、スピーゲルマン(アメリカンコミックのスター)、吉田修一、村上春樹など、現代文学の最前線に立つ作品群のページをめくりながら、読むこと、書くこと、想像することの今と未来に思いをはせる。
■本書より
「スロースロップを追いかけて」
作家や作中の登場人物になりきり、物語の舞台を謙虚に訪ね歩くこと。それが文学探訪にある「奥ゆかしさ」の由来であるとするならば、探訪の「優雅さ」とはきっと、歴史の闇に潜まざるを得なかった存在を、誰かの空想の産物にすぎない物語の力をかりて、じんわりと、自分たちの生きる世界に息づかせてみたいと願う、そんな文化的ゆとりにこそ由来するのかもしれない――。
そう、『重力の虹』という文学作品のディテールを求めてこの地を訪れた私は、気がつけばいつだって、物語の中のスロースロップのことばかりを思っていた。怠け者で、女好きで、旅を続ければ続けるほど自分というものを失っていくスロースロップ。彼は、歴史を目撃しながらも、歴史に記憶されることのない、どこまでも匿名的な存在であった。そのあきれるほどに凡庸で牧歌的なたたずまいは、実のところ、歴史的悲劇の地を訪ねつつも、素朴なまでに文学の力を信じている、私自身の立ち姿にも重なってくる。
『重力の虹』をめぐるドイツの旅。紛れもなくそれは、私にとっての文学探訪であった。
■著者
波戸岡景太(はとおか・けいた)
明治大学准教授。アメリカ文学専攻。博士(文学)。
主な著書に、『ピンチョンの動物園』(水声社)、『ラノベのなかの現代日本 ポップ/ぼっち/ノスタルジア』(講談社現代新書)、『オープンスペース・アメリカ 荒野から始まる環境表象文化論』(左右社)がある。
■目次
スロースロップを追いかけて
物語を産みつける
分からなさを描くこと
ヒーローなき時代の英雄譚
メタネズミは語る
極限状態のからだ
男たちのモラル・ジレンマ
ロケットの正午を待っている
- 四六判/上製本/カバー装/本文72ページ*本文=金属活字活版印刷
- 1,800円(本体価格・税別)
- 2016年4月刊
- ISBN978-4-89629-313-5 C0098