フランス文学研究者である著者は、五十歳をすぎて、ある日突然、自分の心に詩が湧いてくるのを感じた。そのとき書き留められた衝動は、のびやかに育ち、じっくりと熟し、今ここに一冊の詩集となった。心の奥深くにあった懐かしい風景、妹や友人への情愛、少年の日々のきらめきが、詩に昇華される。そしてさらに想像力は遠い砂漠へと飛び、飛行機乗りでもあったフランスの作家サン=テグジュペリと交感する。
人生は、詩によって、何度でも新しくなる。このちいさな詩集は郷愁から普遍へと魂を解き放ち、彼方へ導く光となって私たちを静かに照らすだろう。
■収録作品より
「おばけ図鑑を描きたかった少年」
むかし たわむれに描きはじめて
男の子が途中で投げ出してしまった
「おばけずかん」があった
雪女やろくろくび
フランケンシュタインに交じって
「ガイコツ」の項目まである
――よるのはかばに たくさんあつまって
きみのわるいこえで
うたをうたったり
からだをカシャカシャならしながら
おどったりしている――
なにか滑稽で むしろ楽しそうだ
幼なじみのきょうこちゃんが
死んだ日のことを
男の子は忘れていない
きょうこちゃんは同い年で
保育園からのかえり
バスから降りて
おなかが痛いとしゃがみこんだ
大きな後輪に
軽くふれたように見えただけだ
それが数日後には
いなくなってしまった
巨大な車輪のかたわらで
うつむいている姿とともに
いっしょに遊んだとき
草むらでしゃがみこみ
勢いよくおしっこをした姿を
大きくなった男の子は
なんども思い出した
ほとばしるいのちの上には
虹さえ架かっているようだった(後略)
■著者
内山憲一(うちやま・けんいち)
1959年 長野県生まれ
東京外国語大学フランス語学科卒
東京大学大学院人文科学研究科(仏語仏文学専攻)博士課程単位取得満期退学
現在 工学院大学 基礎・教養教育部門 准教授
2014年度朝日埼玉文化賞(朝日新聞社)詩部門正賞受賞
■目次
I
ふるさと/ほたるの帽子/ときのかけら/バスタオルの穴から/おばけ図鑑を描きたかった少年/図書館の妖精/地下鉄の中の蝶/歩道橋のとき
II
出発/メルヘン ――松原団地の建て替えに寄せて/陽を背負って/ヴァイオリン/面白くて寂しい話/地下鉄のホームで/父と子の風景/田舎のビートルズ
III
夢の声/観覧車/影絵の町/無言の館 ――戦没画学生慰霊美術館にて/ルルド ベルナデットの泉/砂漠の中のサン=テグジュペリ/サンテックスひとりぼっち
あとがき
- A5判/並製本/カバー装/本文104ページ
- 1,600円(本体価格・税別)
- 2016年3月刊
- ISBN978-4-89629-312-8 C092