ハリネズミの耳 音楽随想

新保祐司 著

◎文芸批評家・新保祐司による、クラシック音楽をめぐる名随想集。──すぐれた音楽を、その源泉をたどるかのように深く聴けば、いつしか精神の高みへと導かれるだろう。

◎「第1部 作曲家篇」では21名の大作曲家たちの名曲28曲について深く思索し、「第2部 演奏家篇」では、パーヴォ・ヤルヴィ、ウゴルスキ、バーンスタインなど16名の個性豊かな演奏家の名演奏について縦横に語る。そして「第3部 日本篇」では、話題の信時潔、成田為三など5名の日本人作曲家・指揮者の音楽について慈しみ述べる。

◎旅で出会った風景や古典および近代の日本文学、そして自らの体験など、自由に連想をふくらませながら、すぐれた音楽を深く聴く愉しみへと読者を誘う。

◎タイトルの「ハリネズミの耳」は、古代ギリシャの詩人アルキロコスの詩片に由来する。全身全霊で音楽に向き合い、多層な音の広がりのなかから、たったひとつでよいから、もっとも大切ことを聴き分ける、そんな音楽への向きあい方をいう言葉である。

◎著者・新保祐司は、文芸評論で活躍する一方、音楽や絵画にかんする著作も発表している。36歳のときにシューベルト論を自費出版し、2005年の『信時潔』(構想社)では、日本洋楽の基礎をつくった音楽家を再評価し、注目を浴びた。2014年は港の人より、ユニークなシベリウス論『シベリウスと宣長』を上梓。本作は、音楽雑誌「モストリー・クラシック」の連載に修正加筆したものである。

 

■本書「序」より

古代ギリシアの詩人アルキロコスの詩作の断片に、「狐はたくさんのことを知っているが、ハリネズミはでかいことを一つだけ知っている」という謎めいた一行がある。

思索を喚起する不思議な力を持った言葉であり、思想史家アイザイア・バーリンは、作家と思想家、さらには人間一般を「ハリネズミ族」と「狐族」の二つに大別してみせた。

「ハリネズミ族」とは、いっさいのことをただ一つの基本的なヴィジョンに関連させ、それによって理解し考え感じるような人間のことであり、プラトン、パスカル、ヘーゲル、ドストエフスキー、ニーチェなどの名が挙げられる。

一方、「狐族」は、求心的ではなく、遠心的であり、きわめて多様な経験と対象の本質をあるがままに、その関連性にこだわらず、とらえようとする。アリストテレス、モンテーニュ、エラスムス、ゲーテ、バルザック、ジョイスなどがこの類型に入る。

(中略)

この分類を音楽の方に応用してみると、ハリネズミの耳と狐の耳があるように思われる。音楽に全身全霊を集中させて聴いているとき、私はハリネズミの耳で、音楽の中に鳴っている「でかいことを一つだけ」聴きとろうとしているのである。

一方、音楽を聴くのに、狐の耳で聴くという流儀もあるであろう。音楽の中には、もちろん「たくさんのこと」が鳴っていて、それらを多様性のままに楽しむということはありえる。しかし、私は「でかいことを一つだけ」聴きとろうとする姿勢の方を良しとする者である。ベートーヴェンを聴くとは、ベートーヴェンにおける「でかいこと」を聴きとることに他ならない。例えば、今日ではモーツァルトについて「たくさんのことを知っている」人間が増えているだろうが、モーツァルトの音楽の中に鳴っている「でかいこと」を何人が聴きとっているであろうか。小林秀雄は、今日に比べれば、資料や録音などがはるかに少ない時代に、「でかいことをただ一つ」、即ち「疾走する悲しみ」をたしかに聴きとったのである。

 

■著者紹介

新保祐司(しんぽ・ゆうじ)

1953年生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。文芸批評家。現在、都留文科大学教授。著書に、『内村鑑三』(1990年)、『文藝評論』(1991年)、『批評の測鉛』(1992年)、『日本思想史骨』(1994年)、『正統の垂直線―透谷•鑑三•近代』(1997年)、『批評の時』(2001年)、『国のさゝやき』(2002年)、『信時潔』(2005年)、『鈴二つ』(2005年)以上、構想社。『島木健作―義に飢ゑ渇く者』(リブロポート、1990年)、『フリードリヒ 崇高のアリア』(角川学芸出版、2008年)、『異形の明治』(藤原書店、2014年)、『シベリウスと宣長』(港の人、2014年)。

編著書に『北村透谷―〈批評〉の誕生』(至文堂、2006年)、『「海ゆかば」の昭和』(イプシロン出版企画、2006年)、『別冊 環⑱ 内村鑑三 1861-1930』(藤原書店、2011年)。

 

■目次

ハリネズミの耳(序)

 

第一部 作曲家篇

「英雄」の悲しみ(ヘンデル 合奏協奏曲作品三)/他者表現の芸術家(メンデルスゾーン ヴェネツィアの舟歌)/青春の不安(ペルゴレージ スターバト・マーテル)/深々とした祈り(ペルゴレージ サルヴェ・レジーナヘ短調)/アリアにこめられた宗教性(プッチーニ 誰も寝てはならぬ)/無限を孕む音楽(シューベルト 弦楽五重奏曲ハ長調)/遠くからの呼び声(ウェーバー 魔弾の射手)/大いなる悲しみ(グレツキ 悲歌のシンフォニー)/ふるさとの山への想い(R・シュトラウス アルプス交響曲)/大いなるものの終わり(モーツァルト 弦楽五重奏曲第二番ハ短調)/底の知れない穴(ベートーヴェン ヴァイオリン・ソナタ第七番ハ短調)/北方の詩情(ラフマニノフ 交響曲第二番ホ短調)/国のさゝやき(エルガー 交響曲第一番変イ長調)/空を仰いで(ホルスト 組曲「惑星」)/純潔な風光(ヴァ―グナー 「タンホイザー」)/最も純粋な音(ブラームス 弦楽四重奏曲第二番イ短調)/雪景色に聴く音(ブラームス バラード第一番ニ短調)/ヴェネツィアの魂(A・マルチェッロ オーボエ協奏曲ニ短調)/歴史の暮方にて(G・サンマルティ―二 オーボエ協奏曲変ホ長調)/アイノラの森にて(シベリウス 樹の組曲)/太古の神秘(シベリウス 交響詩「タピオラ」)/はかなき人生(グリーグ 最後の春)/朝の光(グリーグ 抒情小曲集)/混沌の中の救い(ハイドン 交響曲第七七、 七八、 七九番)/単純で純粋な精神(ハイドン 交響曲第九二番「オックスフォード」)/簡潔の美  ハイドン(弦楽四重奏曲作品七六の三「皇帝」)/神の秩序      ハイドン(皇帝讃歌の主題による変奏曲)/哀しみて傷らず(ハイドン 弦楽四重奏曲作品七六の五)

 

第二部 演奏家篇

内部からの新鮮さ(パーヴォ・ヤルヴィ I)/「野生児」の指揮者(パーヴォ・ヤルヴィ II)/異形なる才能(アナトール・ウゴルスキ)/憑依と没入(レナード・バーンスタイン)/恐るべき独創(ホルスト・シュタイン)/苦難を通過して(リリー・クラウス)/さらば、美しきこの世よ!(イアン・ボストリッジ)/手負いの武者(ヨーゼフ・シゲティ)/埃もとどめぬ(シモン・ゴールドベルク)/沈黙の価値(カラヤンとグールド)/存在の寒さ(グレン・グールド)/伝統を若返らせる(カール・シューリヒト)/爆発と透明(シューリヒトとクナッパーツブッシュ)/郷愁の詩人(ジャン=マルク・ルイサダ)/他界を垣間見る(エルンスト・へフリガー)/ヨーロッパ的なるもの(エリザベート・シュワルツコップ)/同時性の音楽(マルク・ミンコフスキ)

 

第二部 日本篇

武人の真情(信時潔 I)/野の花(信時潔 II)/青春の決定性(成田為三)/軍歌の歴史性(高木東六)/近代日本の宿命(近衛秀麿)

 

あとがき

 

 

  • 四六判変型/ソフトカバー/カバー装/本文264頁
  • 1,800円(本体価格・税別)
  • 2015年11月刊
  • ISBN978-4-89629-305-0 C0073