生きとし生ける空白の物語

姜信子 著
屋敷妙子 絵画

詩人、姜信子は、「日本」という異郷に育った在日韓国人という身のあり方から、移民、難民、生きるために異郷へ旅立った人々の旅の記憶、生と死の記憶をもとめ、異郷に生きることを問いつづけてきた。そしてさまざまな土地で、さまざまな記憶を聞いてきた詩人は、決して語れぬ、語り尽くせぬ記憶の芯があることに気がつく。その芯を「空白」と、詩人は呼ぶ。存在の根っこにある光のような「空白」、生きとし生ける空白の物語。

本書は、詩人自身の「父」の世代の旅の記憶を分かち合いたいと、事業に失敗した父と家族が移り住んだ新潟県柏崎(カシワザキと詩人はいう)に、今は亡き父の記憶をもとめて出かける。カシワザキは詩人にとっても最初の記憶の地。さらに「父」の世代の旅の記憶をさかのぼって、4・3事件の惨劇がおこった島である韓国・済州島にゆきつく。時代を射抜いて、この世を駆けていく詩人の声が心にひびいてくる。はてしない物語の端緒、「空白」をめぐる旅のはじまり。

本書には『新潟日報』『西日本新聞』に連載した紀行エッセイ2本と、書き下ろしを収めた。

詩人の「空白」をめぐる旅に連れ添った画家、屋敷妙子の作品は「空白」の原風景を描き、美しい。

 

■跋文

離散の地をはるかに求めて、

姜信子はなおさすらいつづける詩の旅人である。

山なす涛にさらわれたカシワザキは奇しくも父が破産し、乳呑み児の姜信子が若い母とそこにいた漂泊の地でもあった。済州島もまた四・三事件の悲嘆が埋まってある、父の縁故の殺戮の地なのだ。去ってゆくのもさすらいなら、求めてゆくのも心のさすらいだ。

金時鐘(詩人)

 

■著者

姜信子(きょう・のぶこ)

1961年横浜市生まれ。詩人・作家。86年、「ごく普通の在日韓国人」でノンフィクション朝日ジャーナル賞受賞。主著に『かたつむりの歩き方』『私の越境レッスン』『うたのおくりもの』(以上、朝日新聞社)、『日韓音楽ノート』『ノレ・ノスタルギーヤ』『ナミイ! 八重山のおばあの歌物語』『イリオモテ』(以上、岩波書店)、『棄郷ノート』(作品社)、『安住しない私たちの文化』(晶文社)、『今日、私は出発する ハンセン病と結び合う旅・異郷の生』(解放出版社)、『はじまれ 犀の角問わず語り』(サウダージ・ブックス+港の人)ほか。翻訳に李清俊『あなたたちの天国』(みすず書房)、共著に『追放の高麗人』(アン・ビクトルと、石風社)、『旅する対話』(ザーラ・イマーエワと、春風社)、編集に『死ぬふりだけでやめとけや 谺雄二詩文集』(みすず書房)等。

 

■目次

カシワザキ ざわめく空白

わたしはひとりの修羅なのだ。

済州島オルレ巡礼 空白のほうへ

 

 

  • 四六判変型/並製本/カバー装/本文216頁
  • 2,200円(本体価格・税別)
  • 2015年3月刊
  • ISBN978-4-89629-293-0 C0095