金沢の昔話と暮し、ならわし 『冬夜物語』の世界

鈴木雅子 著

明治の末頃、ある少年が、北陸・金沢の冬の夜に祖母が語る、武士の家庭に伝えられた昔話を記録した。その手書きの本が『冬夜物語』である。本書は、加賀方言が豊かに盛られた本文を翻刻し、丁寧にわかりやすく解説した。原本に描かれたユーモラスな挿絵(カラー)もおさめ、『冬夜物語』の世界を楽しくいきいきと蘇らせた。

さらに金沢の市井にのこされた昔話やわらべ唄、となえ言葉、諺、食べ物などをまとめ、かつての人々の心にあった物語世界を再現。そこに立ち現れる時代や風俗、人々の暮らしを読み解く。

 

■「はじめに」より

明治41年(1908)の末から42年の初めにかけて、金沢に住む当時15歳(満14歳)の少年が、幼い妹に聞かせる祖母の昔話に興味を持ち、それを言葉のままに筆記して1冊の本とし『冬夜物語』と名づけた。12月1日に祖父が亡くなり、多分その後始末も一段落した12月半ばから、翌年2月にかけて、毎夜聞いた話だったので、冬の夜の物語という意味でつけた題名であろう。だから「ふゆのよものがたり」と読むのだろうと思う。

雁皮で漉いた画仙紙らしい紙の、縦16センチ、横10.5センチの小さい本で、当時のことだから墨でこまごまと書き記し、文字の誤りも少しはあるものの、さし絵も入れ、前書き・後書きもきちんとつけた、少年の著作としてはそれなりに立派な本である。

著者は平成3年(1991)、97歳で亡くなった私の父・森田良雄である。

はじめてこの書を目にした昭和60年頃、私はいろいろの事を考えた。一つは、天保生れの祖母の話を、語りのままに書きとめたものだから、今日では忘れられてしまったような珍しい話もあるのではないか。あるいは又、語り継がれている話であるとしても、細部にいろいろと違う点が見付かるのではなかろうか。それと当時の加賀方言が反映されているのではないだろうか、という事。もう一つは、それまで出版されている加賀の昔話は、農山村に伝えられてきた話が多いようだが、これは下級武士であるとはいうものの、武士の家庭に伝えられてきた話であるという事、などであった。柳田國男が『遠野物語』を出版した明治43年(1910)より前にまとめられたということも、民俗学的には意味があるのではないかとも思われて、私は当時93歳の父の長寿記念として出版してあげたいと思ったのだが、余りに小冊だったので、85歳になる母の覚えている昔話や、わらべ唄・はやし言葉・諺とかも合せて載せることにした。(後略)

 

■著者紹介

鈴木雅子(すずき・まさこ)

一九二八年東京生まれ。旧制東京大学文学部卒。石川郷土史学会会員。江戸時代の言葉を研究する一方、故郷金沢に伝わる昔話や加賀方言などを丹念に掘り起こし、郷土史に力を注ぐ。著書に、『金沢のふしぎな話 「咄随筆」の世界』『金沢のふしぎな話Ⅱ 「続咄随筆」の世界』(いずれも港の人)、『安永九年 当世阿多福仮面 本文と総索引』(共編著、港の人)など。

 

■目次

はじめに

第一部 天保生れのおばあさんの昔話『冬夜物語』

一、天保生れのおばあさんの昔話『冬夜物語』

昔の歌/父さんの幼時(おばあさんの話)/第一話 なまけ者の話/第二話 意地悪婆の報い/第三話 えっとこ/第四話 長い名の坊ちゃん/第五話 蛙の嫁さん/第六話 塀越しの花(鼻)は切ってもつかえんもんじゃ/第七話 柿のたねの化け/第八話 かかあの風鈴こりゃ妙じゃ/第九話 うなぎの香/第十話 ふし穴/第十一話 猫の出火/第十二話 猿と蟹/第十三話 フーフーバイバイ/第十四話 ゆう味噌/第十五話 猿の睾丸ぬらいても お地蔵さんの睾丸ぬらさん

二、この本の生れる背景──森田家の系譜

三、各説話のあらすじと特徴

 

第二部 明治生れのおばあさんの昔話

四、明治生れのおばあさんのこと

五、明治生れのおばあさんの昔話

第一話 四十雀カラカラカラ/第二話 かかみせどころ/第三話 ちょうずを回せ/第四話 南京鉢か京鉢か(だら聟さん)/第五話 馬の尻に花生け(だら聟さん)/第六話 どっこいしょ(だら聟さん)/第七話 あじない、さばいらんけ(だら聟さん)/第八話 ねんねみたいな嫁さん/第九話 飯くわん嫁さん(食わず女房)/第十話 かみそりのばけ(和尚と小僧)/第十一話 切ってよかろか切らずにおこか(和尚と小僧)/第十二話 くろうどんべり、うまそうなもんじゃ(和尚と小僧)/第十三話 くわんくわん、くたくた(和尚と小僧)/第十四話 ふうふう、ぱいぱい(和尚と小僧)/第十五話 きゅうくつ、きゅうくつ/第十六話 蓮のうてな

六、各説話のあらすじと特徴

 

第三部 金沢の暮し・ならわし・わらべ唄など

七、明治のわらべ唄・はやり唄・となえ言葉など

八、金沢の風習、しきたり

九、明治の暮し。学校・遊び・食べ物その他

十、方言いくつか

 

第四部 文久生れのおじいさんの日記から

十一、明治・大正時代の珍しかった「もの」たち

 

附 引用・参考とした古書

おわりに

 

 

  • A5判/並製本/カバー装/本文224頁
  • 1,800円(本体価格・税別)
  • 2014年12月刊
  • ISBN978-4-89629-276-3 C0095