連作・志摩 ひかりへの旅

稲葉真弓 著

本詩集の世界を形づくっているのは、名作『半島へ』(谷崎潤一郎賞、中日文化賞、親鸞賞)の舞台ともなった志摩半島。その土地を愛おしみ暮らす詩人は、春夏秋冬の四季おりおり、ゆたかな自然と交感し、ひかりとなって降り注いでくる詩の恵みを受け取る。

この詩集は、一瞬のひかり、そして百年のひかりがいっぱいいっぱいにふくらみ、みずみずしく滴っている「生命讃歌」の詩集である。時空を超えた森羅万象のささやきが心地よく耳に届いてくる。

ブックデザインは関宙明(ミスター・ユニバース)。青を基調に、あわくやわらかな空間に仕上げる。

 

■「夏の暦」より

老女の雨垂れのような記憶は

緯度も経度もない地図の上に取り残されたまま

ただ よきものとしての大宇宙

田だけが老女の脳の中で

濡れ濡れとした大亀の甲羅へと変身していく

 

■後記より

タイトルに「連作・志摩」とあるのは、詩編の多くが志摩半島に関するものであり、そこでの生活が基となっているからである。年中柔らかな光に覆われた半島の隅々を、目に見えないものたちが絶えず通り過ぎる。その瞬間、光はなにか生き生きした、そして艶めかしいものとなって私の体にまといつく。土地の光や空気は私にとって、半島でのもうひとつの衣服のようなものであった。

その衣服を着てこの詩集と向き合うとき、半島の鳥の羽ばたき、小さな植物たちも一緒に輝く。

なんといっても、いとしく、うれしい詩集となった。

 

■著者

稲葉真弓(いなば・まゆみ)

1950年、愛知県生まれ。詩集に2002年「母音の川」。志摩半島の世界をテーマとした作品に、09年「海(み)松(る)」(川端康成文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞)、11年「半島へ」(谷崎潤一郎賞、中日文化賞、親鸞賞)等がある。ほかの主な作品に「蒼い影の傷みを」(女流新人賞)「ホテル・ザンビア」(作品賞)「エンドレス・ワルツ」(女流文学賞)「声の娼婦」(平林たい子文学賞)等。

 

■目次

I 志摩 春から夏へ

雨の半島/神楽の春/ひかりへの旅/しりとり─spring way/あと百年/シャララ 夕陽が落ちる/ヤマツツジの丘が燃えている/真昼の月/あのタヌキ/螢への伝言/夏の松明/水晶の枕/夏の暦/夏送

 

II ネヴァー・ネヴァーランド

猫くらいの愛/春の挨拶─Yへ/ぐずついた一日/帰り道/台所の海/トウキョウガホロビテモ/遠い窓辺/昔、アカシア/夜の鳥図譜/名の生誕/メノウ─水の夢/ルーシーの青空─サイレンス/死都ブリュージュの水/どこにも閉じたところがない夜に/呼び交わすもの/ネヴァー・ネヴァーランド

 

III 志摩 秋から光へ

崖/リアス・リアス/まぼろしの馬/秋のうた/渡りのものへ/カラスの巣の下で/R=残酷な食卓/貝の奈落/その種族/海への供物/冬の旅/虚無の岸辺はどこまでも/鳥を呼ぶ日/ある夜の音楽母は舟のように金色の午後のこと

 

後記

 

■書評

「読売新聞」2014年4月22日

 

 

  • A5判/上製本/カバー装/本文208頁
  • 2,200円(本体価格・税別)
  • 2014年3月刊
  • ISBN978-4-89629-272-5 C0092