やがて秋茄子へと到る

堂園昌彦 著

◎2007年「やがて秋茄子へと到る」30首で「短歌研究」新人賞最終候補となった新鋭歌人の第一歌集。

◎20代の歌よ、こんにちは。そしてさよなら。美しく、せつなく、不思議な余韻がひびく青春歌集。

◎1頁に1首を配して、195首をおさめた。ブックデザイン:関宙明(ミスター・ユニバース)

 

■推薦のことば

生駒大祐さん(俳人)

ここは不思議なほどひどく静かだ。

昼過ぎの遊具の反射する光。

歌が聞こえる。

丁寧な飛び石のように配された言葉たち。

ゆるやかに回転をはじめる詩。

そして繰り返す、光。

千種創一さん(翻訳家・歌人)

堂園の描く世界には塩が光り、花束が尽きない。

塩は生(せい)ではないが生のために必要であり、花束は生ではあるが死に近い。

その眩惑を、子どもが、老人が、何度も生きる世界だ。

 

樽本樹廣さん(OLD/NEW SELECT BOOKSHOP 百年)

「いつかブルーシートが波打つ風の日に君と春待つ将棋がしたい」

おそらく「君」と将棋ができないことがわかっている。それでもそう思ったことを肯定する。過ぎ去ってしまったことに感傷的になるのではなくスケッチするように記憶しておく。否定することなく肯定するために。ただ、読んでいる僕は昔を少し思い出して感傷的になってしまうのだけど。そこが好きなところでもあるのだけど。

 

梅﨑実奈さん(紀伊國屋書店新宿本店)

初めて読んだあの時を忘れていない。自分のなかのなけなしの純粋へ手を差し出されたようで、それからどんなに頑張っても冷静な評をほとんど言えなくなった。短歌を読み始めて20年、わたしは生まれてはじめて歌集と恋に落ちた。

 

文月悠光さん(詩人)

水辺に浮かぶ舟のようで惹かれる。その浮かべる手つきを見抜きたくても、歌のかがやきに迷い込んでしまうから、ずるいなと思わず嫉妬する。言葉で立ち現れる世界は、孤独でよるべない。でもそこは、生き直すことがゆるされた、僕らのユートピアでもある。

 

石川美南さん(歌人)

もしも光や涙が自ら言葉を発したならば、こんな歌をうたうだろう。

臆面もなくロマンチック。頑固なまでに、詩。

ずっと待っていた美しい歌集が、秋の光の中に生み落される。

 

内山晶太さん(歌人)

読者という読者は、堂園作品の鮮烈さに必ずや心打たれるだろう。

 

今橋愛さん(歌人)

歌稿を拝見して、ピンセットを使ったのかと思うくらい ことばが繊細に選ばれ、配置されていると思いました。すごい。

堂ちゃん、歌集出版おめでとう!

 

藪内亮輔さん(歌人)

歌とは、こんなに涙ぐましいものだったのか。

僕はこんなに感傷的だったのか。

これは、生前の記憶の練習だ。

私たちが泣くのはただ、はるかな草原に花咲くゆえだ。

ならば彼は歌を作ることによってひたすらに、繰り返し言うのだ、「はるかな草原に花が咲く」と。

 

(刊行時および増刷時に、各氏にお言葉を寄せていただきました)

 

■著者

堂園昌彦(どうぞの・まさひこ)

1983年11月東京生まれ。2000年、短歌を作り始める。2003年「コスモス」「早稲田短歌会」入会。2007年「やがて秋茄子へと到る」30首で短歌研究新人賞最終候補。2008年「pool」参加。現在「pool」所属、「ガルマン歌会」運営。

 

■本歌集より

美しさのことを言えって冬の日の輝く針を差し出している

砂浜を歩き海から目に届く光のためにおじぎを交わす

夕暮れに黒い電車が移動する寂しい限りの力を持って

 

■目次

やがて秋茄子へと到る

いまほんとうに都市のうつくしさ

本は本から生まれる

暴力的な世界における春の煮豆

色彩と涙の生活

それではさようなら明烏

季節と歌たち

感情譚

彼女の記憶の中での最良のポップソング

すべての信号を花束と間違える

音楽には絶賛しかない

恐怖と音韻の世界

愛しい人たちよ、それぞれの町に集まり、本を交換しながら暮らしてください

時間

 

あとがき

 

■書評

「東京新聞」2013年10月2日


「毎日新聞」2013年10月28日朝刊


「沖縄タイムス」2013年10月28日


「東京新聞」2013年11月9日夕刊


「週刊金曜日」11月15日号

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  • A5判/フランス装/本文230頁/*本文、第1刷と第2刷は金属活字活版印刷、第3刷以降、オフセット印刷
  • 2,200円(本体価格・税別)
  • 2013年9月刊
  • ISBN978-4-89629-263-3 C0092
  • ※品切れ