「おまえの孤独を誰にも渡すな。行け。生きよ」。カザフスタンから済州島へ。サハリン島からイリオモテへ。歴史の波に翻弄され、地上をさまよう人びとの歌と物語を求めて歩み続ける作家、姜信子。旅の果てに著者がたどりついたのは、聞こえない声、見えない光、この世を去った魂たちが棲まう、心の奥の「空白」の風景だった。3・11の震災と大津波をへて、「空白でつながる」ことから人間の生と死を見つめ、再生への道を問う渾身の祈りの文学。
■著者
姜信子(きょう・のぶこ)
1961年横浜生まれ。作家。著書に『ごく普通の在日韓国人』『かたつむりの歩き方』『私の越境レッスン』『うたのおくりもの』(以上、朝日新聞社)。『日韓音楽ノート』『ノレ・ノスタルギーヤ』『ナミイ! 八重山のおばあの歌物語』『イリオモテ』(以上、岩波書店)。『棄郷ノート』(作品社)、『安住しない私たちの文化』(晶文社)。翻訳に李清俊『あなたたちの天国』(みすず書房)、共著に『追放の高麗人』(アン・ビクトルと、石風社)。
■「夢 ──縛めと赦しと」より
一本の犀の角のように。
これは私が故郷を持たぬ旅人たる私自身へと送りつづけてきた祈りでした。
「犀の角のようにただ独り歩め」という言葉を結語としてブッダが語ったという二一の短い詩句が、最古の聖典と言われる『スッタニパータ』のなかにあるのです。たとえば、このような。「寒さと暑さと飢えと渇えと風と太陽の熱と虻と蛇と、──これらすべてのものに打ち勝って、犀の角のようにただ独り歩め」。
(中略)
はじまりをいかに生きようか、はじまりをともに生きる言葉をいかにして紡ぎだそうか。私は途方に暮れつつ、惑いつつ、独り、歩いてきました。
そして、いま、ここでこうしてあなたに出会った。
そして、いまこそ、あの大洪水のあとのこの世を生きる私とすべてのあなたへ。
私のひそやかな声とあなたのひそやかな声が結ばれあいますように、はじまりをともに生きるわれらでありますように。
祈りを込めて、開く、新たな頁。
■目次
英雄ナージャ/旅するパンドラ/彷徨いの絆/長夜のねむりは獨覚/熊本、コリア、洗足池、キラウエア/取り返しのつかない話/私は行くよ/夢 ──縛めと赦しと/真っ白な愛/生きる/はじまれ
■書評
「母の友」2012年5月号
- A5判/ソフトカバー/本文184頁
- 2,200円(本体価格・税別)
- サウダージ・ブックス発行
- 2011年12月刊
- ISBN978-4-89629-240-4 C0095