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『開国と英和辞書 評伝・堀達之助』
本書の詳細

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■本書の詳細(あとがきより)
日本史に文字通りの「鎖国」が存在しなかったとしても鎖国的状態はあったからして、「開国」経験はたえず繰り返されてきた。それに伴う外国経験の原型は、遣唐使いらいの日本人留学生に代表され、そのつど先進文明(国)への畏怖・混乱・緊張・孤立感などを共通項としたであろう。しかしそれらと同類ながらも比較を絶する経験は、幕末に発する西欧世界との爆発的な接触、「沸騰作用」(オールコック)、つまり歴史的な唯一性をもつ「ザ開国」に他ならなかった。
本書は、最初期の蘭・英通詞、堀達之助を中心とする評伝のかたちを取っているが、個人的な伝記というよりは、遭遇した彼の初体験を通して、巨大な「開港・開国経験」の一端なりとも伝えられたらと念願した作品である。それだけに伝記でもなく社会史でもない、中途半端なものに終わったことを自覚してはいる。
幕末いらいの日本語の語彙は、その土台をほとんど《訳語》によって形成されたと聞かされる(森岡健二『近代日本語の成立』一九六九年)に及んでは、絶句するほかなかったのを記憶している。しかもこの近代日本語の成立過程は、同時に、国民国家(=統一的市場による一元的主権国家)のデザインと歩みをともにしている。
 幕末の約一〇年間を中心とした国内や海外での開国経験は、それが原型ともなり縮図ともなって、明治以降の文芸・学術の前提的基盤――日本英学史的状況――の成立をもたらした。それを思えば、その基底をなす《言語革命》の先端に、かれら通詞たちは位置していたことになる。初代の苦難と新鮮な出会いとは、くりかえし発掘記録するにあたいしよう。一五〇年まえの先祖の英和辞書原稿も発見された。それに立ちあえた奇遇を思う。
■目次
はじめに─英和対訳袖珍辞書原稿の発見
第一章 阿蘭陀通詞と堀家
 一 長崎のオランダ通詞と家学試験
  1 堀家の系譜
  2 長崎奉行所による「家学試」「芸才御試」
  3 堀家の災難─五代・門十郎愛生と七代・儀左衛門政信
  4 開国の内外状況─通詞と「資本主義の《精神》」?
 二 達之助の長崎時代─蘭語および英語学習
  1 生い立ちと蘭語学習
  2 堀達之助の子どもたち
  3 マクドナルドの生徒ではなかった  
  4 達之助の堀家改姓時期および英語学習
  5 「堀達之翁由緒書」(古賀十二郎)について
 三 砲術関係書の翻訳
  1 『西洋流砲術聞書』(写本)
  2 堀徳政訳『大砲使用説』(嘉永二年)
  3 ダールグレン著『三二ポンド榴弾砲の訓練教科書』(一八五〇年)
 四 砲術と開国
第二章 ビッドルとペリー─弘化三年〜嘉永七年
 一 ビッドル
  1 ビッドル応接
  2 堀達之助の最初期英文和訳および英作文 
 二 ペリー初来航時の応接(嘉永六年)─米国国書の受け取り
  1 「近代的」慣行・倫理について
  2 焼失した堀達之助の応接メモ
  3 I can speak Dutch
  4 白旗「書簡」問題
  5 身分詐称と苦心の翻訳
  6 国書受け取り 
  7 「幕府無能」説について
  8 中国革命(太平天国の乱)と主権の課題
  9 「浦賀のもの」の活躍
  10 ペリー(初)来航の帰趨
 三 再来航時の応接─日米和親条約締結
  1 米国使節贈品目録
  2 条約締結
  3 植物採集
 四 ペリー来航にみる近代世界の諸相
  1 人間観察─モラリストの眼
  2 近代倫理の強制─贈り物の相互対等主義(レシプロシチ)
  3 犠牲によるのではなく、悪しき慣行の矯正を
  4 キリスト教的開国使命観(ウイリアムズ『随行記』)
 コラム@ ペリー来航一五〇年記念特別展─通詞と開国
 コラムA 開国記念特別展あれこれ─通詞の姿
第三章 下田と堀達之助─英学との出会い
 一 下田開港と長崎蘭通詞
  1 下田と開港
  2 下田出役の長崎通詞
 二 下田の堀達之助
  1 吉田松陰との出会い
  2 米人埋葬と達之助立ち会い(玉泉寺、五基のうち二基)
  3 下田条約(治外法権、信仰の自由)
  4 日米和親条約「誤訳」問題  
  5 英学との出会い─英和辞書編纂への動機付け
  6 リュードルフ事件
 三 言論の自由(福沢諭吉の視座)
 四 日本語の構造と日本的人間関係─「英学との出会い」が意味するもの
第四章 江戸・蕃書調所時代─『英和対訳袖珍辞書』の編纂
 一 蕃書調所の創設と二面性
 二 英和辞書の編纂
 三 英語教育と久坂玄瑞の入塾
 四 『植物図譜稿』─小笠原島調査より堀一郎持ち帰り(文久三年)
 五 起請文前書(文久四年)
第五章 『英和対訳袖珍辞書』─新発見原稿からみえてくるもの
 一 『英和対訳袖珍辞書』の諸版と、現存の初版二〇本
 二 補助線としての原稿史料
 三 辞書の背景“We”(編纂者たち)
  1 『英和対訳袖珍辞書』の背景─『英和対訳袖珍辞書』以前の英和辞書編纂
  2 幕府による洋書印刷事情
 四 英和辞書編纂と原稿史料
  1 編纂者、校正者の新登場
  2 辞書底本の切り替え(ピカール『英蘭辞典』初版と再版)─校正の諸段階と編纂時期の推定
  3 堀達之助と再版とのかかわり
 五 原稿史料にみる訳語比較─Democracy, Denizen, Ethicsほか
 六 内発的開国と「対訳」辞書─異文化相互理解の証し
  1 近代公教育における母語の役割と辞書類
  2 外来文化の受容と日本語
 七 タテ社会における和訳の問題─和製漢語(近代語)の始造
 八 二つの訳語態度─説明的訳語か、既成単語依存か
 九 動詞から名詞へ(抽象名詞の成立)─経験の抽象化としての「思想」
 コラムB 英学史における堀達之助と堀孝之─蘭学・英学の旅
 コラムC 戦争の記憶とその展示
第六章 箱館時代
 一 諸術調所(箱館)と蕃書調所(江戸)
 二 英語稽古所(名村五八郎)
 三 箱館と堀達之助
  1 箱館赴任の経緯と身辺事情
  2 アイヌ墳墓盗掘事件
 四 箱館洋学所(堀達之助)
  1 箱館洋学所の発足と停滞
  2 明治維新後の堀の足跡
  3 英学再開(北門社新塾)─明治三年
 五 函館文庫
  1 『英和対訳袖珍辞書』その後─堀達之助の気がかり
  2 函館文庫の創設
  3 ウェブスター辞書と箱館
  4 F・ウェイランド
 六 建言二通と辞職(明治五年)
 コラムD 北海道を訪れ現実社会を再考
第七章 『歴史問答作文』(明治一四年)と終焉の地・大阪
第八章 達之助の子息たち
 一 長男・一郎(後の政正)
 二 次男・壮十郎孝之
 三 三男、四男
 四 養子・堀透
  注
巻末資料
 一 堀達之翁由緒書
 二 由緒書解題
 三 『西洋流砲術聞書』
 四 『歴史問答作文』(抄)
 五 堀家の系図
 六 達之助の子息たち(長男、三男、四男)
堀達之助(達之)略年譜
引用・参考文献
初出一覧
あとがき
堀達之助の欧文(蘭文と英文)
1 ビッドル来航時の英作文
2 『ファリミアル・メソッド』序文
3 『英和対訳袖珍辞書』(初版)序文
4 市川文吉への送辞(蘭文)

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