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『若松賤子 黎明期を駆け抜けた女性』
本書の詳細

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■「はじめに」より 尾崎るみ
 明治の半ばにようやく誕生したもののひとつに、子どものための文学がある。それまで、日本の子どもたちが読んでいたのは、昔話や合戦物語の類だったが、明治の大人たちが新しい時代にふさわしい読物を必要としたように、子どもたちもまた新しい読物の登場を待ち望んでいた。(略)
 さまざまな書き手が子どもの読物に挑戦したが、明治期を代表する児童文学者としては、男性では巌谷小波(1870-1933)、女性では若松賤子(1864-96)の名前を挙げることができる。(略)
 健康に恵まれていたならば、優れた女子教育家、あるいは女性思想家として活躍したかもしれない若松賤子だが、若くして胸を病み、彼女に残された道は、文筆活動をとおしての社会貢献を模索することだった。英語という第二の言語を身につけることによって西洋の視点を得た彼女には、日本の女性の啓蒙こそが自分の役目と思えた。明治女学校という革新的女子教育機関を運営する一方、『女学雑誌』という啓蒙誌を主宰する巌本善治と結婚した彼女は、この雑誌を舞台として活躍を始める。(略)
 本書では、同時代の児童文学状況を視野にいれつつ、若松賤子の多面的な活動を総合的に評価するよう試みた。そうすることによって、彼女の仕事が決して孤立したものではなく、社会の流れやうねりと連動したものであったことが見えてきた。第1章から第3章では、その生涯で深く関わった人々――フェリス・セミナリーのメアリー・キダーとユージン・ブース、そして彼女の文筆活動をサポートした夫の巌本善治、にそれぞれ光をあて、影響を探った。第4章・第5章は、『小公子』の翻訳にたどり着くまでの過程と『小公子』が果たした役割やその影響を描いている。第6章から第8章では、『女学雑誌』や『少年世界』などに発表した子ども向けの創作作品について検討した。第9章では、若松賤子没後の児童文学状況を見ることによって、彼女の仕事の意義を再確認し、第10章でこれまでの若松賤子研究の流れを概観した。本書は、日本の児童文学の黎明期をたくましく切り開き、そして駆け抜けていってしまった最初の女性として、若松賤子をとらえなおすことをねらいとしている。

■本書の内容
はじめに
第1章 若松賤子とメアリー・キダー
第2章 若松賤子とユージン・ブース
第3章 若松賤子と巌本善治
第4章 「小公子」への道
第5章 若松賤子と『小公子』
第6章 子どものための創作へ
第7章 活躍の場の拡大
第8章 少女たちへのメッセージ
第9章 若松賤子の最後とその仕事
第10章 若松賤子研究のあゆみ
若松賤子年譜
若松賤子著作目録

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